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01. 私のこと
壁掛けのカレンダーは赤や黄が鮮やかな秋を意識した風景イラストだけど、まだまだ残暑は厳しい。
それでも少しずつ気配だけは秋を感じ始めていた9月の下旬。
日曜日の午前中は、母と一緒に郊外にある大型ショッピングモールに行くのが私のルーティンになっている。
今年こそ秋冬の季節に合わせようと自分の部屋用に、暖色系の濃いベージュ色のカーテンを買って、予定のない午後からカーテンの取り換えでもしよう、昨夜そんなふうに計画をした。
そして好天に恵まれた今日、モール内の生活雑貨のコーナーに急ぎ、望みの品をゲットした。
そのままフードコートで簡単に母と昼食を済ませ、気持ち早めに家に帰って、早速カーテンの交換にかかった。
いつも休日の午後は、本や雑誌を読んだり、録り溜めしたドラマを観たり、公園までブラりと散歩をしたり、とにかくまったりと緩く過ごしてしまう。 でも今日は予定したとおりに、希望に近い 気に入った色合いのカーテンを手に入れただけに早く取り替えの作業をしたい(緩い時間にしたくない)と 気持ちだけは逸る。
(あーあ、それにしても、今日とか絶好のデート日和だというのにねー)
そんなこと 嘆いたところで、残念ながら今は彼氏がいないのだから仕方がない。
嘆くよりも行動!
あ!そうだ! 時間はあるのだし、いっそのこと ずっと気になっていた部屋自体の模様替えまでやっちゃおう。
やるなら今でしょ! うん、それがいい、そうしよう!
いそいそと私は掃除機やハンディモップ、バケツと雑巾を準備して取り掛った。
(絶好のお掃除日和だもんねー!)
とりあえず気分だけでも強引にポジティブに切り替えることに。
エアコンのスイッチをオフにして思い切り部屋の窓を開けると、生暖かいモワァっとした空気を感じた後に、スゥーっと、微かに秋の匂いがする心地の良い風が吹き込み、気持ちが軽くなって、単純な私だ と自分で思ってしまう。
掃除をしながら書棚や引き出しの中を整理していると、お決まりのように発掘されるのが、ひと昔前の雑誌や昔の写真。
そんな時、小学生の時の卒業アルバムが目に入ったので思わずページを捲ると、そこにはクラスメイトの懐かしい顔や名前、そして将来の夢などが書かれてあった。
将来の夢か 将来の夢? 将来の? 思わず目が留まってしまう。
そのアルバムの原稿を書いたのは、たしか卒業する年の1月の終わり頃だっただろうか?
ちょうどそのタイミングで、当時の私たち女子児童が熱く推していた超国民的アイドルグループのリーダーと民放で好感度No.1の美人アナウンサーの結婚が発表されたこともあってワイドショーはもちろん、世間の大きな話題にもなっていたと記憶している。
小学生なりにその影響を受けたおかげもあって、クラスの女子半数近くの将来の夢は、何かの職業に就くとか、何かを極めるといったものではなくて、ただ漠然と 「お嫁さん」 「結婚」 「結婚式」 「ウェディングドレス」 をキーワードにした ほぼ似たような内容になったことが懐かしく思い出された。
当時の私もミーハーというか みんなが推していたから とりあえず合わせておけばいいかな くらいの気持ちだった。
五人組で仲の良かった友達も、同じことを書いていたし、誰かが書いていたから、それだったら私も! みたいなノリ、そうそう そんな感じだったことを懐かしむ。
秋山 詩音 「女子アナのわたしは野球選手とド派手な結婚式する!」
倉木 真凛 「若いイケメン社長と結婚して、ニューヨークに住みたい」
平松 沙耶 「お金持ちの彼氏とハワイで結婚式! みんな来てね☆」
松本 彩花 「大大大好きな人と一緒になる! 素敵なドレス着る~!」
渡部 美緒 「一億円のドレスを着たリッチなお嫁さんになる♪」
小学校を卒業してから15年以上も経った今、こうして読み返すと、私の書いた夢もそうだけど、当時の友達の夢を読むだけでも照れくさいし恥ずかしくなるし、その純粋さに ほっこりとした気持ちにもなれる。
でも感傷に浸るだけではない、この歳になると どうしても現実的なことを考えてしまう。
それで みんな、その夢を叶えたのかな? それとも夢に近づいているのかな?
風の噂によれば、美緒は結婚したらしい、それも随分前に。
あとは消息も含めて不明。
ま、不明なのは小学校時代の友達だから仕方がないのだけど、このことだけに限っては不明のままでも良い、ずっとそのほうが良いと思ってしまう。
なぜなら、私も 「まだ」 独身。それどころか 「まだ」 相手もいないのだから。
そんな20代の最終章を過ごしている私、松本 彩花(まつもと あやか)は、取り立てて取り柄もない、ごく普通というか、どちらかというと素朴で地味な目立たない女性 という自覚がある。
私は子供の頃から、平凡な家庭で、平凡に育ったし、平凡に生きてきた。
ずっと実家から通学、だからひとり暮らしの経験もない。そしてずっと男女共学。
母方の祖母が、母も通った中学・高校・大学までエスカレーター式の私立の一貫校、いわゆるお嬢様学校の受験を強く勧めてきたけれど、そのこだわりの執拗さに当時の私は嫌悪感を抱き、母もそれを拒んでくれた。 そのおかげもあって中学・高校とも公立校で男女共学、大学は地元の中堅私立大の文学部を卒業。
習い事も人並み、いやそれ以上だったかも。 塾、ピアノ、そろばん、お習字、絵を描くのが好きだったので絵画教室にも通った。どれも際立って才能が開花したわけでもなく、楽しく学ぶタイプ。
それと幼いころからの読書好きは今も変わっていない。 絵本から文庫本、そして雑誌、最近はネット小説まで、昔話や童話、ファンタジーやSF、歴史やビジネス、ホラーに推理にサスペンス、そして恋愛もの…… ジャンルは問わず、とにかく自分のペースで自分なりの世界観に浸る、そんな時間の過ごし方が好きだった。
あとは母が幼いころから習い、社会人になっても指導者として通ったバレエ教室にも少しの期間だけ体験入部はしたけれど、どうも運動は苦手なことがわかったので、こちらはあっさりと断念。
学生時代は、部活や文化祭、体育祭や修学旅行、大学祭に卒業旅行、アルバイトや合コン、数々の楽しい思い出とともに多感な時期も、平凡に、それなりに謳歌した。
両親は優しくて経済的にも不自由をしたこともないし 大きな事故も事件も病気も経験していない。
ただ子供の頃から自己主張をするのがとても苦手な子。 自分の言いたいことが、上手く言えないし、結局は諦めてしまう。 つい口から出そうになった言葉を、その場の雰囲気で飲み込んでしまう。
平凡というのは、そこよりも上を目指せるけれど、そこから落ちる可能性もある。
私は上を目指すよりも下に落ちる方が怖い、だからリスクは負いたくないと思っているタイプだ。
そんな私だから、初恋は実ることはなく儚く終わった。
フラれるリスクを少しでも感じるとそれとなく回避する性格、だから思い切った告白や行動をしなかった。
多感な時期からは何度かの片思いを繰り返した後、初めて恋人ができたのは大学生になってから。 その時は、年上の彼氏とデートをすれば楽しかったし、華やかな気持ちにもなれた。
友達と競うように恋バナもしてきたし、もちろん年齢的にも、それなりに愛し合う行為もあったわけで、とにかく幸せなひとときは過ごせたとは思っている。
でも今になって思い返すと 「その人のことが ものすごく好き!」 というよりも 「みんなと同じように 恋人という存在ができた!」 という事実に舞い上がっていたのかもしれない。
就職をしてお付き合いをした二人目の彼氏も、「燃えるような恋」とか「相手のことしか考えられない」と思えるほどに のめり込めないうちに、彼が転勤になって遠距離恋愛になってしまった。 そんな現実的な障壁も立ちはだかり、なんだか私自身の気持ちまでもが盛り上がらないうちに、その恋はフェイドアウト。
今思えば、その根底には、私が相手の顔色をうかがいすぎて、本心を上手く伝えることができなかったのが原因だった。
お互いの気持ちがすれ違ったり、忙しさを理由に会わないとか、会えない時間のフォローが上手くできなかったのだと思う。
ちなみに、別れた二人の男性は、私には勿体ないくらいの素敵な人だった。
そんな私だから、誰かを好きになって片思いのまま失恋しても仕方がないって思っていた。
もちろん失恋は悲しいし、泣いたことだってある。 でも、失恋したって、恋ができただけでも良かったと思うように気持ちを切り替えていた。
だって失恋も恋のうち だから。
もちろん男の人から 声をかけてもらったこと、告白をされたこともないわけではなかった。 でも そんなときに限って、ちょっと何かが違う? タイミング? フィーリング? その何かが何なのか? は わからないけれど、でもそんな気がして早々に 「ごめんなさい」と断っていた。
幸い 相手の男性も素直にお断りを受け入れてくれたので、その後の関係も良好で異性の友達とか 先輩/後輩としての交際は擦れずに続いていた。
そんな過去の経験も、これからの「恋」に活かせば良い。
いつか、私も本気の本当の恋ができる時が来ると信じていたのだから。 でもさすがに白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる、とまでは信じていない。(でも少し期待はしているけれど;;)
いつか私とつり合った平凡な男性と素敵な恋をして、周りのみんなに温かく祝福されて結婚して幸せな家庭を築く、ありふれた絵図かもしれないけれど、そんな幸せは、しっかりと心に描いているつもり。 奥手だけれど、恋に対しては、わりと前向き思考かも。
だから、職場の同僚で同い年、大卒同期入社の大親友 山口 夕奈(やまぐち ゆうな)がセッティングしてくれた食事会には、もちろん出席します!と返事をした。
夕奈が以前から知り合いだったIT関連の会社に勤めている男友達と久しぶりに会って食事を共にした時に、話が大いに盛り上がって 「だったら 今度はみんなで食事会をしよう!」 ということになったらしい。
「軽いノリの飲み会にするつもりはないよ! だって、もうそんなことに時間やお金をかけている時じゃないし、でしょ? 」
夕奈は諭すように私に説いた。
夕奈が言うには、できれば、結婚に繋がるような「出会い」の場になるように しっかりと人選をしてほしいと男性側の幹事さんに釘を刺したと。
夕奈は、いわゆるハイスペック男子と結婚することを目指していて、自分磨きに余念がなく女子力も高い。
いつもメイクやネイルに時間もお金もかけているし、私服は常にトレンドを取り入れるようにファッション雑誌数冊を定期購読している。 上品でデキる グレードの高い賢い女性になるための努力を惜しまないところは、彼女のストロングポイントだと私は思う。
「社内の男子にはホントに期待が持てないよねー! いっそ 転職しようかな? 」 というのが彼女の口癖。
私たちの勤務先は大手の時計製造会社。
老舗のメーカーで、そこそこのブランド力もあるし、それなりにマーケットのシェアも高く、海外にも拠点がある。 オフィス街の一角に本社ビルを構えていて、私たちはその総務部に所属している。
入社した頃は社内結婚や寿退社のワードが頭にあったけれど、夕奈の言葉を借りるならば不毛不作の職場。
携帯電話の普及で、時計の需要が大幅に減り、一時期ほど時計が売れない時代になっているせいで、新卒採用は女性数名だけ。
そんな時期が続いたおかげで、若手男性社員は圧倒的に少ない。
それでも私と夕奈は、総務部内で受付も担当するチームに所属しているから、お取引先様やお得意先様との接点も少なからずはある。
だけど、本社に打ち合わせに来るその担当者は大半が年齢高めの既婚者という事実。
「彩! 王子様がいつか迎えに来てくれると待っていたら大間違い。 今はね、お姫様の方が探しに行かないといけない時代だし! 」
夕奈は あまり多くは語らないけれど、婚活サイトにもしっかり登録をして、どん欲に ううん 一生懸命に自分の理想に叶うような良縁を探しているみたい。
もちろん私だって婚活サイトが選択肢にないわけではない。 むしろ積極的にそのテのサイトを検索していると思う。 だけど、勇気が足りないのか いろいろ考えすぎなのか、未だ利用の登録をするまでには至っていない。 やっぱり 自分の旦那さまは アプリやネットではなく、自分で探したい 探せるはずという気持ちが残っているから?
友人の結婚式に招待されても、花嫁さんの華やかなドレスや式の演出や旧友との再会を楽しんでいるだけで、どこか他人事の私。
「結婚祝」という入場料を払って、幸せのイベントにお呼ばれした程度の感覚、その場で幸せのお裾分けをしてもらっているくらいでしか捉えていなくて、ただ漠然と私もいつかは純白のドレスに身を包み、みんなに祝福されながら、輝いている自分を夢見ているだけ。
そんな いつまでも夢を見ている私に、いつも現実だけを見て知っている夕奈が続ける。
「こうしている間も、王子様はどんどん 他のお姫様に取られている気がするし、ヤバいよ! 」
いつになく強く そして厳しい口調の夕奈に、私は ハッとなった。
そうだ! 気がつけば、今はもう30歳のすぐ手前。
のんびりしていたら、あっという間に30代の軌道に乗って、このペースだと、あっという間に歳を重ねてしまう。
その現実に直面した時、母方の祖母から 「女の幸せは、条件の良い男性と結婚して家庭を作ること 」 と繰り返し言われてきた言葉と、今の夕奈の言葉が合わさって、私は一気に焦りのような感情をかき立てられた。
だから夕奈がセッティングをしてくれた食事会で 未来に繋がる出会いがあることを密かに期待して、その日を待っていた。
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