メリナside1 尻尾ひとつ動かさない旦那様に愛されたい

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 メリナが狼の獣人を目にしたのはそれが初めてだった。  バートレット伯爵領にはいないというだけで、存在自体は知識として知っている。人間よりも数は少ないが、珍しい種族ではない。隣国には獣人を王に(いただ)く国もある。 「カダル帝国シリル州伯オズウェル・シャムスと申します」  耳に心地良いしゃがれた低音で男は名乗った。  たったそれだけのことで、メリナは嬉しくなった。自然と口元に笑みが浮かぶ。貼り付けた仮面の微笑ではなく、心からあふれ出た本当の微笑みだった。  自分の前に立つと、誰であっても男はみんな性欲を剥き出しにした獣になる。  だが、黒い獣人の男――オズウェルは違った。  表情を髪の毛筋ほども動かさず、淡々としている。感情が出やすいとされる尻尾も微動だにしていない。  無愛想とも取れる態度だったが、メリナの目にはとても好ましいものに映った。  この人ならば、淫紋に惑わされず、「私」のことを見てくれるかもしれない。
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