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二つ葉のクローバー
「桔梗の花言葉って知ってる?」
彼女はそう俺に聞いて来た。先日花壇で初めて話してから、毎日俺たちは花壇のベンチに座り会話を交わす仲になった。その度に彼女はこうした花にまつわる問題を出してくる。俺は、篠原さんの奥さんに叩き込まれた花の知識をフル稼働させて考える。
「永遠の愛、だろ?流石にこれは有名だよな」
有名だよな、と言いつつすぐに出てこなかった事は内緒だ。
「そう、永遠の愛。こういう言葉を持つ花って他にも沢山あるけど、やっぱり永遠の愛って聞いたら桔梗がまっさきに出てくるよね」
花好きからしたらそれは常識なのか。よく分からないが、取り敢えず無教養と思われるのも嫌なのでうんうん、と深く同意する素振りを見せた。
「でもさ、愛は百歩譲っていいにしても、「永遠の愛」なんて大袈裟だよね」
「何でだ?いい言葉じゃないか」
「だってさ、「永遠」がそもそも概念として疑わしい物なのに、更に疑わしい「愛」なんてくっ付けちゃうなんて、強引すぎないかな」
「百歩譲ってる様には聞こえないぞ。というか、そんな事を言うなんて咲は何か恋愛で辛い事でもあったのか?」
そう聞いてみると、彼女は残念そうな顔をした。
「残念ながらまだ無いんだよね」
「まあ、そうだよな。でも咲くらいの年齢じゃ珍しくもないだろ」
それにずっと病院で暮らしてればな、と頭によぎったが、口にすることなどできない。
「あ・・・もしかして勘違いしてるでしょ」
「何がだ?」
「わたしは恋愛で辛い思いはした事無いけど、恋愛をした事がないとは言ってないよ」
「好きな人がいたのか」
正直言って、かなり驚いた。この病院の中ではただでさえ人と会話する機会が普段より少なくなると言うのに、ましてや異性を好きになる機会がそれ程あるとは思えなかった。
「うーん、好き、なのかな?」
「何でそこは自信なさげなんだ?」
「わたしには一般的な交友関係も、普遍的な価値観も無いから。だからわたしがその人に抱いてる感情は恋なのかどうか分からないんだ」
「なるほど。つまり恋愛的な「好き」自体は良く分からないけど、その人の事は少なからず異性として悪くは思ってないと」
「言語化するなら、そういうことかも」
無理もないだろう。人を恋愛的な意味で好きになると言う価値観は通常、他人とのコミュニケーションを基本として形成される物だ。恋をして、その人の事を知って、それを誰かに相談して、改めて自分が「恋」をしている事を自覚する。といった様なプロセスが普通の人にはある。
そうして人は、人を好きになっていく。
彼女は昔から病室で育ったので、その感情は生まれたてのもので、まだ成熟しきっていない。だから、戸惑っているのだろう。
「まあ、そのうち分かるさ。その人と少しずつ話してみて相手のことを知って、咲も自分のことを知ってもらって、そんな事を繰り返していく。そうしてると、自然と恋愛なんて始まってるものだ」
「圭は随分恋愛を知ってる様な事を言うね」
「まあ、これまで生きて来てそれなりにはして来たからな。咲にアドバイスしてやれる事ならいくらでもあるぞ」
「いらない」
そう突っぱねる様に言われると、どうも俺もしゅんとしてしまう。
「話は戻るけどさ、永遠の愛って本当にあるのかな?」
「俺は、無いとは言えないと思うぞ」
「どうして?」
彼女の声は心底疑問に思っているものだった。
「永遠がどこまでを表しているかは分からないけど、死ぬまで好きなくらいその人の事を愛し続けて、そして死んでいったらあの世までその気持ちを持って行けそうだろ。それは永遠の愛とも言えなくは無いんじゃないか?」
正直、かなりいい加減な理由だと自分でも思った。こうして擁護する様な口ぶりで話していると、どこか自分が大層な花言葉を付けられた桔梗に対して同情している様にも思えた。
「命に永遠は無いけど、気持ちに永遠はあるかもってこと?」
「まあ、そういうニュアンスになるかもな」
「そうなんだ。死んだらその人の事を想えなくなっちゃうのかなって思ってたけど、それなら永遠の愛を信じてみてもいいかもね」
彼女はそう言ってこちらに微笑みかける。どうやら、納得のいく答えを出せた様だ。
「わたしの残りの時間は少ないから。だから死んでも残るくらい、ずっと想い続けて、気持ちをその人に伝えられたらいいな」
そう言った彼女の顔は、少し紅潮している。人形の様に白い肌とのコントラストで、それは誰がみても分かりやすい物だった。
「そうだな。俺も咲がその人を好きって気持ちがはっきりしたら、ちゃんと伝えられるように応援しているぞ」
そう答えると、彼女は紅潮した顔を向けて不満そうにこう言った。
「あなたはスベリヒユみたいで素敵だけど、ボリジなところは玉に瑕かも」
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