三つ葉のクローバー

1/1
前へ
/6ページ
次へ

三つ葉のクローバー

「わたしが今考えてる事、分かる?」  唐突に彼女はそう聞いてきた。  永遠の愛について話をしてから、1ヶ月ほど経った。そろそろ本格的に肌寒くなる季節で、この花壇のそばのベンチで話すのも厳しくなって来るだろうな、と少し寂しくなる。話す事自体はどこでも出来るだろうが、俺と彼女の居場所は紛れもないここなのだ。 「そろそろこいつと話すのも飽きて来たな、とかか?」 「そんなことないよ。あなたと話すのは楽しい」  冗談めかして言ったのだが、そう本気で返されるとどこか小っ恥ずかしい。 「ヒントはね。フジバカマ、だよ」  恒例の花言葉である。いくら俺も篠原さんの奥さんに鍛えられてあるとは言え、限界はある。  毎日の様に病室で花の種類の話や、花言葉の由来について奥さんと話すが、あまりに熱量のこもった早口でまくしたててくるものだから、大抵の話は右から左なのだ。 「まあそう聞いてくるって事は、何かしら迷ってる事でもあるんじゃないのか?」  恋人の逢瀬でもあるまいし、「私が今何考えてるか分かる?」という問いに対して「なんだろう」と返し、「幸せすぎて、怖い」などというテンプレ的なやり取りをする事はないだろう。 「半分正解、ってところかな。わたしは今、躊躇ってるの」 「それがフジカバマの花言葉なのか」 「フジバカマね。そう」 「何を躊躇ってるんだ?」  躊躇っているという事は何かをする事は既に決まっていて、それをする事に踏ん切りがついていないという事だ。何とか背中を押してやれないか、そう思った。 「それは秘密」 「それだと、相談に乗ってやる事も出来ないぞ」 「だって、それをあなたに言っちゃったら意味がないから」 「どういう事なんだ?」  今日の彼女は、いつも以上に要領を得なかった。いつもこういった他愛のない話はしているが、今日のそれはどこか違う感覚で、彼女自身も見た目は落ち着いている様に見えて、時折り手を組み替えたり、視線を近くや遠くに散らしたりしている。 「あなたから見て、わたしってどう見える?」 また唐突に質問が飛んできた。今日の彼女は自分の話を聞いて欲しいのか、俺に何かを答えて欲しいのかよく分からない。 「あなたはスベリヒユで、ボリジみたいな人。じゃああなたは、わたしの事をどういうふうに思ってる?」 どうやら、花言葉で答えろ、という事らしい。俺もそんなに知識は無いんだけどな。と少し困っていると、篠原さんの奥さんの話を思い出した。  ここ最近、咲の話を奥さんにもしていた。花を見ることと花言葉が好きな女の子と良く話しているという話をすると、女性というのはいつになってもゴシップ事が好きなのか、張り切った様子で「絶対にその子、貴方の事が気になってるのよ!」と目を輝かせていた。  その篠原さんが教えてくれた花の名前を今、思い出す。 「俺にとって咲は、オドントグロッサムだ」 噛みそうになりながらも、何とか言い切った。これは奥さんが「あなたを花言葉で表したなら、絶対にわたしを花で例えるなら?って聞いてくるわよ。そう聞かれたら絶対にこう答えてあげなさい」と俺にしつこく言ってきていた言葉だ。女の勘というものは、鋭い。 「そっか」  少しの間が空いて、咲は消え入りそうな声でそう言った。  この前と同じく、頬が好調している。この花言葉についてはよく覚えていない。冬の花だという事は奥さんが散々知識を披露していたので、覚えている。現実ももう間も無く、冬が来る季節だ。 「そう言われたなら、わたしも答えなくちゃ」 「俺はスベリヒユで、ボリジなんじゃないのか?」 「そうじゃないよ。わたしが今何を考えてるか、教えてあげる」  唐突な心変わりだ。このやり取りの中で、何が彼女にその様な影響を及ぼしたのだろうか。  よく分からなかったが、俺は彼女の言葉を黙って聞く。 「わたしの今の気持ちはね、アザレア、だよ」  そう言った咲の言葉はいつもよりずっと力強く、そして俺の目をしっかり見据えて放たれた。  都合の良いことに、俺はその花の花言葉は知っていた。例によって、篠原さんの奥さんだ。  その言葉に対して、俺は今返せる言葉が無かった。彼女以上に気の利いた返しが出来る自信が無かったからだ。だって俺は実質、まだ彼女に自分の気持ちを自分の形で伝えられていない。  しかし、それ以外の手段でなら返す事は出来る。 「明日の18時に病室から俺の部屋を見てくれ」  それだけ言って、俺は彼女を残して病室に戻った。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加