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えっ? 異世界にも試験ってあるんですか?
私、テレサ=フォーセルの目の前で紙吹雪がひらひらと舞う。おめでたいものであるはずのそれを、私は死んだ魚のような目で見上げた。
「テレサ様! 8歳のお誕生日、おめでとうございます!」
「……ありがとうございます……」
「あれ? 元気ないですね。体調でも悪いんですか?」
侍女のリズの問いに、私はゆっくりと首を振った。体調は、いい。問題は他にある。私の顔色が悪いのを察したのか、父のマティアスが優しい笑みを浮かべて促してくる。
「いいから、言ってみなさい。何が気になるんだい?」
「年を取りたくないなぁって」
「……どうして?」
「今の幸せがずっと続かないことを私は知ってるから。だから、過ぎていく時間が、怖いんです。ごめんなさい、祝ってくれること自体は嬉しいので」
私が苦笑しながら答えると、2人はそろって困惑したような表情を浮かべた。その中で、父があごひげを撫でながら、ふと大きく満足げに頷く。
「8歳でその結論に至るとは、さすが我が娘」
「マティアス様、喜んじゃっていいんですか?」
「早熟で結構なことじゃないか。テレサには、いずれこの家の当主を継いでもらわなくてはならないんだからね」
その言葉を聞いて、私は内心、深いため息をついた。いずれ、か。
来週、父は私が後継者にふさわしいか、試験を課すだろう。私はそれを、こっそり忍び込んだ書庫で見つけた記録から知っていた。その内容が、いかに困難であるかも。
突然だが、私、テレサ=フォーセルには前世の記憶がある。前世ではOLをしていたが、そこではひたすら激務に耐え、1日のほぼ全てを職場で過ごしていた。基本的には職場に泊まり込みで、家に帰れるのは1月に1度あればいい方な生活だった、気がする。
ちなみに前世の記憶があることは誰にも打ち明けたことはない。信じてもらえるのか不安だったというのももちろんだし……何より、どんな顔して話したらいいのかわからない、というのが正直なところだった。ドン引き案件というのは、聞く方も覚悟がいるが、話す方にも覚悟がいる。
生まれ変わった今、私は現状に感謝していた。山の頂上にある大きな屋敷で、私は、父と侍女とともに、何の不自由もなく過ごしている。
スマートで温厚な父と、皮肉屋だが優しい侍女の2人のことを私は深く愛していたし、ここでは3食いつも温かいご飯が食べられて、夜は柔らかなベッドで眠れる。ゼリー飲料しか口にせず、職場の仮眠室で1人で寝袋にくるまっていた前世の日々に比べたら、まるで天国のようだった。
しかし、ある日、私は知ってしまったのだ。この天国は、期限付きであることを。
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