ワンダールームへようこそ

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『彼女を想う気持ちは誰にも負けないです。僕も男ですから……って』  住民全体が歓喜しているのか、弾けた笑いを表現する絵文字が続々と流れていった。  まさに、この掲示板の主人公のようだ。  それで、告白は成功し、オタク男子がモデルの子と付き合うことになった……。  スレッドがお祝いのコメントで満たされ始めた。  ……末松は真顔で、その祝福コメントを見ていた。  昨日までは自分がこの掲示板の中心にいたのに、まるで噛ませ犬のようだ。  そうやって嫉妬に塗れた末松は、頭に血が上った勢いで、タブーを犯してしまう。 『そんな出来過ぎた話あるかよ。どうせ作り話だろ』  ……カッとなって、送ってしまった。  むしゃくしゃしている頭を落ち着かせるように、パソコンの前から離れてベッドに飛び込んだ。  汚れた天井を見ながら、溜息を吐く。 「どうせ俺には、居場所なんてなかったんだ……」  儚げな独り言が、ワンルームの部屋に響いた。  この掲示板との出会いが、末松の人生を豊かにしてくれると……これをきっかけに、居場所ができるかもしれないと、ワクワクしていたのに……あっという間に主役の座を下されてしまった。  末松は、またしても惨めに感じていた。  失恋と失業で心が折れたのに、こんなアングラな掲示板の中でも居場所を失ってしまうなんて……。  ぶつけようのない怒りがせり上がってきて……思わず枕を投げ飛ばしてしまった。  枕はデスクの方に飛んでいく……。 「何してるんだ、俺は……」  起き上がって、枕を元の場所に戻そうとした。  すると、電源がつきっぱなしのパソコンが目に入る。 「え、やばくね?」  さっき送信した末松のコメントに、いくつもの返信コメントが送られてきていた。 『ルールわかってる?』 『空気壊すなよ』 『とっとと退会しろクズ』  しまいには『殺すぞ』というコメントまで届いていた。  末松のコメントでオタクの主のコメントは止まり、数分後にスレッドはなくなった。  確実に、末松のせいだった。  パソコンの前で、固まる末松。  怖くなった末松は……SNSでワンダールームについて検索してみる。  神のスレッドがなくなった……まじであり得ない……といった類の呟きが続出しており、その呟きで事の重大さに気づく。  まさかこんな風になるとは思っていない末松は、冷汗と共にワンダールームのアカウントを削除した。  塞ぎ込むように、ベッドの中に入る。
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