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俺は鹿児島の知覧基地に戻ってきた。
兵舎の中で同期たちは、家族と再会した思い出を語り合っていた。
しかし、俺は話に加わることは出来なかった。
勇気がなくて家族に会えなかったなんて、とても言えない。
会えば……会って「ただいま」と言ってしまえば……俺はこの基地に戻ってこれなくなるのではないか。
それが怖かった。
家族も、会ってしまえば、俺との別れがより辛くなるのではないか。
そんなことばかり考えてしまい、俺は茂みから出る勇気を持てなかったのだった。
出撃の日が決まった。
皆、遺書や辞世の句をしたためている。
俺は何を書こうか……
あの日のことを思い出し、筆を執ってこう書いた。
ただいまと 言わずに去りし ふるさとの
未来に殉じ 我は舞い散る
* * *
出撃の朝。
上官の前に整列した俺たちは、水杯を交わす。
これで、この世ともおさらばである。
俺たちは敬礼し、こう叫んだ。
「いってきます!」
エンジン始動。
滑走路にはたくさんの仲間たちが整列し、旗を振って見送ってくれる。
だが、俺たちには「ただいま」を言う資格はない。
エンジンの回転数を上げていく。
轟々と鳴る音が、俺の心を揺さぶる。
車輪止めが外され、出発の旗が振られた。
俺は操縦桿を握りしめ、雲の向こうにある沖縄を目指して飛び立った。
< 了 >
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