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汽車の窓から河川敷が見える。
実家の近くを流れており、小さい頃は毎日のようにこの川で遊んだものだった。
この川を見ると、故郷に帰ってきたという実感が湧いてくる。
汽車は煙を吐きながら、熊本の駅へと向かう。
母や弟、妹にもうじき会える。
複雑な心境であった。
家族に顔を合わせたくないという気持ちもまた、本音なのだ。
* * *
駅に着いた。
汽車を降り、歩いて実家を目指す。
目に入る光景すべてが懐かしい。
道すがら、顔なじみのご近所さんに出会う。
「よう帰って来なはったね! 元気にしおったとね」
「はい! お陰様で、元気に過ごしております!」
「それはよかごつね。はよ家族に会いなっせ。あ、そうそう、うちの庭で野菜がまうごつ採れたけん、後で持っていくけんね」
「はい。恐れ入ります。ありがとうございます」
こういった、ご近所さんとのやり取りもまた、懐かしい。
故郷の人々は皆、温かい。
懐かしいのは風景ばかりではない。
人の優しさもまた、懐かしいものであった。
歩みを進める。
ついに、実家が見えてきた。
家の前で、弟と妹が遊んでいるのが見えた。
俺は思わず、茂みに身を隠す。
弟も妹も、元気そうだ。
笑顔で楽しく遊んでいる。
その顔を見れただけでも、俺は帰ってきたかいがあるというものだ。
──ただいま──
と言いながら、二人の前に出ていきたい。
そうすれば、兄ちゃん! と叫びながら俺の方に駆け寄り、抱きついてきてくれることだろう。
──ただいま──
その短い言葉を言う決心がつかなかった。
茂みの影から、俺は自分の家と弟妹を見続けていた。
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