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暗闇の中で
草むらが弾けたのは、ほぼ左右同時であった。
目の前に躍り出る、黒と緑の羽に覆われた二メートル程の鳥。
走る事に特化したであろう両脚で跳躍すると、頭部の半分以上を占める巨大な嘴を眼下に控える黒髪の少年へと振り落とした。
骨まで砕く一撃を半身に構えて躱した少年は、次いで背後から襲った二体目の突進を側宙で避けて剣の柄に手を乗せた。
逆転した景色が戻ると同時、逆手に抜いて軸足で旋回。
低い体勢から素早く黒い恐鳥の胴体を斬り上げ、踏み込み。
刃を返して真上から斬撃を浴びせる。
──自分のスキルが嫌いだった──
絶命し、倒れ行く恐鳥の真下を滑って潜り抜け。
地を這うような身のこなしから、地面に片手の掌を一度押し当てて軸とし。
もう一体の死角へと回り込んだ。
即座に右、左脚と斬り付けて機動力を奪い、背後から猛襲。
恐鳥の首を刈る。
「……よし」
黒髪の少年は剣を納め、仕留めた獲物の様子を伺う。
二体の恐鳥は砂状になって消えていき、風に浚われるが如く霧散した。
「きゃああああっ!」
背後で女性の悲鳴が上がる。
見れば、黄金色の液体で満たされたフラスコを手に持った女性が、恐鳥に襲われそうになっている。
黒髪の少年は踵を返して即座に助けに向かった。
真横から一閃を浴びせ、恐鳥を撃破する。
「クソッ! やっぱり潜伏用の魔導器が発動してねぇぞ!」
別の所からも。
「こっちもだ!」
他の場所も。
警護団の仲間達が襲われている。
逃げ回っている。
──だから俺は、一人が良かった──
「皆、離れて!」
女性は男達へとフラスコを放り投げる。
フラスコが地面に衝突し、粉々に砕けた硝子片と共に液体が飛び散ると、途端に内に秘めた獰猛さを解放する。
魔術 〈ソルティ・ドッグ〉!
渦巻き、迸ったのは目も眩む強力な閃光と電撃。
周囲に顕現した雷の渦は、容赦無く恐鳥の体表面を疾走した。
全身から白煙を吹き出した恐鳥が次々と倒れる。
「大丈夫ですか!?」
少年が襲われていた仲間に駆け寄ると。
一人は腕から、もう一人は額から血を流している。
「……っ」
血に染まる衣服。
仲間の苦悶の表情。
少年は呆然とその場に立ち尽くした。
「直ぐに魔法で回復を!」
女性がフラスコを手に走って来た。
少年を一瞥すると、顔を伏せて冷たく一言を告げる。
「厄災は……離れていてくれる……?」
──誰かが傷付くくらいなら──
「……分かりました」
少年は一人、緑深い草原を歩き始める。
─こんな力は……要らない─
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