プロローグ ARK 823.04.23

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「おいテルミン、アレ聞いたか?」  耳に聞き慣れた高い声が、不意に飛び込んできた。  朝の騒がしい食堂。手には銀色に鈍く光るアルミのトレイを持ったまま、振り返ることもせず、ただ少しだけ背を反らせて、肩越しのその声に、小声で彼は返す。 「聞いたよケンネル。それだけじゃない、もうじき広報が映される。だからその前にとっととメシ食っちまおう」 「そうだよな、始まったら食えなくなる」  士官学校時代には一級上の友人であったケンネルもうなづき、空いている場所を探して、トレイを置く。席に着くが早いが、彼らは恐ろしい勢いで朝食をかき込み始めた。  元々味の評判はさほどに悪くない士官食堂だが、味わう余裕はない。実沢山のスープも、バタをたっぷりとつけた丸パンも、何杯でもお代わりが可能なコーヒーも、トマト味の煮豆も、次から次へと流し込まれるばかりである。  そんな食事を半分くらい済ませた頃に、食堂の真ん中に置かれた3Dモニターが作動し始める。部屋の隅々に置かれたスピーカーから、一瞬立ち上がりのざらっとした音が流れる。テルミンはあきらめて口の中のものを飲み込み、音のする方へ顔と身体を向けた。  甲高い声で「広報」の担当の女性兵士は、真っ直ぐその場に立ちながら注意を喚起する。その場に居た全ての士官の手から、スプーンやパンが皿の上に置かれる。  あの件だよな、とテルミンは無表情に、抑揚の無い声で広報を読み上げる女性兵士の映像を見ながら思う。
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