ただいまと言いたくて

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ただいまと言いたくて

久々に乗る高速道路は、ジェットコースターに乗りこみバーをおろしてガチャンガチャンしっかり見せてくださいライトあてます、はい!いいですねそれではよい旅を!という一連の流れから発車のベルを待つまでのハラハラドキドキに似た感覚を私の心に芽生えさせる。 要するに心臓やばいってこと。 前回高速に乗った時は5ヶ月前。旦那が運転して私は助手席。お腹はまだまだ大きかった。 それがどうなの? 里帰り出産を終え3ヶ月。実家から自宅へ帰る日取りを大安の今日にしたのは旦那その人なのに、当の旦那が『迎えに行けません母さんがフラダンスの発表会に出演するのを見に行くから君の実家に迎えには行けないよ』ってなにそれ馬鹿にしてるの? しかも『来週は仕事で無理で、だから再来週になら迎えに行けるよ』ってなにそれ馬鹿にしてるの? 私と赤ちゃんが自宅に帰るのよ。喜んで何をおいても優先すべきは私と赤ちゃんでしょ? じゃあ自力で帰ってやるわよ。 後部座席につけたチャイルドシートに赤ちゃんは無事におさまっていて実家を出るときに飲ませたミルクでお腹は満足。おねむでいいこだ。 今から高速に乗るよ。 私はぎゅっとハンドルを握りしめる。どうか無事に高速に乗れますように。赤ちゃん、どうかどうか眠ってて!!! BGMはひたすら童謡。 げんこつ山のたぬきさん おいでおいでおいでおいでうさぎうさぎ とんとんとんとんひげじいさん 赤ちゃんがいつ起きてもいいけどいや困るけど、この選曲はドライブには厳しい。ああでも運転心配で眠くはならない。まあいいか。がんばろう。 * 奇跡的にスムーズに高速に乗りひたすら左車線を死守。びゅんびゅん追い越していく高速の車に私の軽自動車がいちいち敏感に揺れる。この敏感な揺れにも赤ちゃんは眠ったまま。ほんとにいいこだ。ママは嬉しい。 27年も過ごした実家のある懐かしい街がどんどんうしろに流れていく。そして旦那と3年すごす、現在進行形ですごしている自宅へと景色は変わってくる。ホッとする。実家ではなく旦那のいる自宅へと帰る景色のほうがホッとするなんて悔しい限り。何に? 実家の両親の名残惜しい泣きそうな顔ときたら、旦那に見せてやりたかった。 すっかり『孫いのち!』となったあの両親を振り切ってまで帰るのだよ、私は。 こんな怖い思いして高速を運転して帰るのだよ、私は。 どうしてだと思う? マザコンで、妻と子を蔑ろにするような旦那だけど、だけどだけどだけどだけど。 会いたいからだよ!!! くっそー負けてる気がする悔しい悔しい悔しい。 だけど 会いたいからだよ!!! 私はアクセルを踏み込む。でも左車線。もうすぐ高速おりるあたり。ハンドルをもう一度握り直す。赤ちゃんはぐっすり。 * 自宅についたらきっと赤ちゃんは目を覚ます。 実家のじいじとばあばに折角可愛がってもらっていたのに、あの優しい抱っこはもう当分おあずけ。ごめんね。 自宅についたら目が覚めて、じいじとばあばが居なくってきっと泣くね。いいよ泣いちゃえ。ママは寝るから。 お迎えに来なかった旦那くん。 今から予想される(ほぼ決定事項の)赤ちゃんの大泣きとミルクと抱っこ。 ぜんぶぜーんぶよろしく頼むからね! * 自宅のアパートが見えた。 駐車場で立っている人影は私の旦那で、赤ちゃんの新米パパだ。 『待っててくれたんだ。』 私は頬が緩むのを感じる。 無事に駐車場にとめる。車から荷物と赤ちゃんをおろす。 旦那の恐る恐るといった手付きに赤ちゃんが敏感に反応して(車では平気だったのにおかしいね)早速大泣きが始まった。 旦那がオロオロして抱っこしている。 そ れ を 横目で見ながら私はベッドへダイブ。ああ疲れた。もう高速は当分の間いいわーって瞼を閉じる。すぐに夢の中へ。3人で笑って過ごしている平和な家庭の夢。平和が一番。どんな言語でどんな肌の色でどんな国の人だって。平和が一番だ。平和になってほしい。 * 私はぐっすり眠り、目が覚めたらそこには。 寝てやるもんか、と目をらんらんと輝かせた赤ちゃんがいて。どうか眠ってくださいよ、せめて抱っこから解放してよ、と疲れきった顔をした旦那もいた。 私は思わず声を出して笑う。涙まで出てくる。泣きながら笑うのは私の得意とするところ。 ああ。幸せで泣ける。 私は赤ちゃんを受け取る。にやあっと笑ってくれる。かわいい。あ、大事なこと忘れてた。 言ってなかったね。 無事に帰ってこられて嬉しい。うれしいよ。 それから。 「ただいま!会いたかったよ」 旦那の疲れた顔がぱっと輝いた。 「おかえり!無事に帰ってきてくれてありがとう」 「フラダンス楽しかったんでしょ?」 少しだけ意地悪な気分で唇を尖らせて言ってやったら申し訳無さそうに頭をかいて、ごめんね、と呟く。「これからはこっち優先するから、ごめんね」赤ちゃんの顔をじいっと見つめて赤ちゃんからも見つめられて許されて、ごめんね、って何回も言うから仕方ないフラダンスを優先したことには目を瞑ろう。 「あ、明日母さんたちが赤ちゃん見に来るって」 ……んんんんん! もう! 言ったそばから!! 疲れてるのに! でもまあいいか。 どっちのじいじばあばにも大切にされるのは、赤ちゃんにとってプラスだ。と思う。から、ね。 私はすっかり落ちついた赤ちゃんの重みと匂いに安心する。赤ちゃんのうっとりした眼差しはしかしそのまま眠りに入っていくようで。私はそのままゆっくりと身体を揺らし、幸せな時間を味わう。 すっかり眠ってしまった赤ちゃんと、眠らせた私に旦那が尊敬の視線を送ってくる。 これからはあなたもすぐにできるようになるよ。一緒にがんばろうね。 赤ちゃんと旦那と私。 幸せで楽しい家族になろうね。 ただいま。
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