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佐々木は俺の様子を伺いながらペースを野口に合わせて歩き始めた。
5分程歩いくと、突然景色が開けた。
左手には草原が広がり、右手は50m程先の木と草に覆われた崖、その向こうは遠くの町が一望でき、広く青空が広がっていた。
今まで木々に遮られていた心地いい風に頰を撫でられた俺は、足の怠さを忘れ、急かされた様に佐々木の前に駆け出た。
景色に驚き、口を半開きにさせて辺りと空を見渡し、佐々木を振り返る。
佐々木は風に髪を揺らしながら目めをつむり深呼吸していた。
俺と目が合うと、佐々木は嬉しそうな顔をしてみせた。
その表情はありえない程、素直に感情を表に出しているように見えた。
演技だとしたら人間不審になりそうだ。
風をうけ、心地良さそに景色を見渡す佐々木の表情は、最早景色と同化している様にさえ思える。
暫く、眺めてていたい位だ。
「が!……」
自分の口が妙な擬音を発した。
「が?」
異変を訴え始めた、右ふくらはぎに手を伸ばしかけた体勢で硬直する。
「つる!」
「足?何処」
「まだつってないけど、つりそう、触らないで」
これ以上動くと最悪の事態を招く予感から、俺はかがみかけの中途半端な体勢から動けなくなった。
俺の周りをどうして良いか解らず歩き回る佐々木。
心地良い草原の入口付近で、2人は滑稽としか言えない状況を醸し出していた。
「私どうすればいい、いっちゃん」
「いっちゃんって?あっ、つる!」
「あ!私、芍薬甘草湯持って来てるわ!待ってて、いっちゃん」
佐々木は背負っていたリュックを地面に放り出し、忙しなく中を探りだした。
「ほらこれ!あ、ちゃうわ」
佐々木の手に握られた葛根湯の箱を目にした俺は思わず目を閉じた。
「ちゃうわ、ちゃうわ」
佐々木はケタケタ笑い始めた。
「声弱いから、『ちゃうわ、ちゃうわ』か『ちゃうわちゃうわ』か、わからへん。わかるけど」
間違えて持ってきた葛根湯片手にケタケタ笑う佐々木。
「痛いねん、仕方ないやん。それに風邪ひいてへんし」
「肩コリもいけるみたいに箱に書いてんで」
「肩もこってへん!」
「擦ったげるわ」
佐々木はしゃがみかけの体勢のまま身動き出来ないでいる俺の右ふくらはぎを、懸命に擦り始める。
「ありがとう」
「かまへんよ」
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