登山道入口にて(一人称バージョン)

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面倒臭がらず5分もの間擦って貰ったおかげで、筋肉の痙攣は治まり、身動き出来る様になって来た。 「もう大丈夫やから、ありがとう。まだちょっと……」 言葉が終わらない内に、佐々木は自分のリュックを置いて、テンション高く崖の方に駆け寄って行く。 「ほら、凄い景色」 駆け出しながら振り向いた佐々木の横顔は、ビックリする位楽しそうだ。 心地いい感情の出し方をする佐々木に、思わず笑顔を返してしまっていた。 「気を付けて」 「が!」 「が?」 突然、佐々木は右手で裏太ももを押さえながら、止まりきれず崖下に落ちて行った。 呼吸が止まり、体が硬直した。 短い間、誰もいなくなった崖を凝視していたが、俺は直ぐに我に返って駆け出した。 崖に駆け寄り覗き込む。 崖下2m程の場所に生えた木に馬乗りの形で佐々木がいる。 「いっちゃん!いっちゃん!」 半泣きで呼ぶ佐々木。 「助け呼ぶから!」 慌ててスマホを取り出した手が異常に震えている。 「ひゃ、ひゃ119番か?」 「うちのリュックにロープある!木折れそう!ミシミシ言うてる!」 泣き声で叫ぶ佐々木の言葉に、スマホを放り出し、佐々木のリュックに駆け寄ると、引っ張り出したロープの片方を胴体にグルグル巻にしながら駆け戻った。 「クッソ!やり方合ってるか解らん!」 もう片方のロープの先を輪っか状に結び、荷重がかかると閉まる様にして、佐々木の元へ垂らした。 「体に通して!引っ張るけどなるべく登ってくれ!」 ロープの輪っかがしっかり佐々木の体にかかったのを確認してロープを引っ張り、後ろに体重をかけた。 「引っ張るぞ!」 叫び声と同時に何かが大きな音を立てて折れる音がした。 胴体と利き腕に巻きつけたロープが締め上げてくる。 利き腕と胴体の血が止まりそうな感覚。 体が佐々木の重さに引きずられ行く。 尻もちを付き、足を踏ん張った。 背負ったリュックの重さと体重で止めようとするが、体は草の上を滑っていく。 崖が目の前に迫る、落ちる。 「佐々木!登れ!」 そう叫ぶと同時に利き足の裏が、地面から僅かに顔を出した石にかかり体が止まる。 「佐々木!登れ!」 2度目の呼びかけを合図に、ロープの締め付けが緩んだ。 思い切って立ち上がり1歩2歩とロープを引く。 佐々木が崖をよじ登り、完全によじ登ったのを確認して俺はその場に座り込んだ。 もし地面の石に足が引っかから無ければ、確実に崖下に引きずり込まれていた事を意識し始めたると、足は震えが止まらない状態になっていた。 足を押さえて、震えを止めようとする手も異常に震えている。 「いっちゃん、いい景色だよ」 気がつけば、佐々木は崖の縁に座り込み景色を眺めていた。 突然の佐々木の呟きに一瞬、呆けた様な表情の後、苦笑いになる。 きっと今、彼女は景色の心地良さに負けない、表情をしているのだと思った。 彼女の発言と感情に齟齬がないのは、短いやり取りではあるが、何となく分かる。 「切り替え早過ぎるわ」 「……呆れるやろ」 間をおいて佐々木が寂しそうに、そう答えた。 「……」 予想外の言葉だった。 呆れた覚えはない、むしろ。 「いや、どっちかって言うと救われてる方かな」 すっかり震えの止まった足で立ち上がり、お尻の汚れを叩く。 「人生には是非とも欲しい」 「……じゃあ、早速登ろう」 佐々木の元気な声が返って来る。 清々しい程の切り替えの早さ。 「せやな、日が暮れるのも嫌やし」 俺の答えに、佐々木は暫くキョトンとした表情を見せた。 「え?どうした?」 「何でもない」 佐々木はそれだけ言い放つと、やたら嬉しそうに自分の荷物を整理して準備を始めた。
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