登山道入口にて(一人称バージョン)

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2時間。 景色のいい草原から約2時間かかって、頂上の入口に差し掛かっていた。 本来なら1時間で着く工程を、倍の時間がかかった原因は佐々木にあった。 珍しい花が有れば駆け寄り、地図上に小川が有ればコースを外れる佐々木に、振り回されていたからだ。 彼女の自由さが裏目に出た形だった。 「やっと着いた」 時間のかかった元凶である佐々木自身の、心からの言葉だった。 俺は地面を見つめて無言のまま歩くのが精一杯。 2人共に前傾姿勢で、1歩1歩踏みしめる様な動きになっている。 頂上迄100m程の道のりは、草原に黄色い花が咲きほこる絶景だったが、2人は受け止める事が出来ていなかった。 頂上のに立って山々を見下ろす風景を目にした時にやっと2人の表情から、疲労の表情が消えた。 暫く無言の2人。 最初に言葉を発したのは俺だった。 「ずっと何かあると思ってたけど、俺の事、試してた?」 「と、言うかどうだった?私」 「ん?どう言う事?」 「人間疲弊する余裕なくなるやん、本音出やすいと思ったから登山が良いかなって」 「俺の本音?」 「私、自由みたいやし、男に媚びてるらしいし、気づいたら誰もおれへん」 思い返して見れば、佐々木が何時も1人でいた事を思い出していた。 食堂でも、講義でも。 「いっちゃんは、最後までつきおうてくれたから、嬉しかった」 彼女が寂しそうな表情をしているのは見なくても分かった。 彼女には周りを振り回す自由さがあるのは分かる。 男に媚びてるのは知らないが、呆れられ、距離を取られたのだろう。 「……」 「うちの事、登ってみいへん」 「そこ、登山に例えんでええわ。解りづらい」 「そやかて、照れくさいわ」 佐々木の言わんとする事は理解出来たが。 「初対面なのに何で、俺なん」 俺はずっと疑問に思っていた事を口にした。 「初対面やけど、半年前から赤信号待ってるの見かけて知っててん」 「信号?」 「いっちゃん、信号待ちしてるやろ、いっつも。大学行くまでに、たった3m程の道路有るやろ。誰も信号守らへん所」 「あるけど」 「車もほとんど通らへんから、誰も信号守らへんのに、いっちゃんだけ1人ずっと赤信号待ってるやん。いっつも」 「……」 「めっちゃカッコ良かった。誰にも流されへんカッコ良すぎ」 「言い過ぎやと思うけど……」 佐々木の憧れに満ちた目は、俺を佐々木の登山道に踏み出させようとしていた。 俺は前のめりにる気持ちを押し留める為、冷静に考えた。 今日の登山の工程を想像する限り、彼女を登る道はかなり険しいものになるだろう。 純粋さから来ていると思われる、彼女の魅力に振り回されるのは目に見えている。 正直、自分の許容範囲も一般人とそう変わるとは思えない。 多分……。 佐々木はずっと懇願する様に、俺を見つめて来ている。 「登山道入口で立ち往生やわ、ごめん」 一時の感情で動かない慎重さは大事だ、間違ってないはず。 「そっか、登山ネタで返さんでええのに……」 佐々木の表情は沈んだものになった。 「登り切ったら、絶景が待ってるかも知れへんのに」 佐々木の言葉に思わず、今、自分の周りに広がる絶景を見渡してしまった。 草原に咲きほこる黄色い花に、連なる山々、だだっ広い青空。 1点のくもりのない景色。 険しい先にある絶景。 心地いい風が背中側から吹き抜けた。 俺の横で1点のくもりのない笑顔で景色を眺める佐々木の横顔があった。 多分彼女は感情を加工しない。 心全部、笑顔。 俺は彼女の登山道に踏み出そうとしていた。
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