決意

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決意

 光沢を放つ背中まで伸びた艷やかな黒髪。 「今日はどうされますか?」 「ショート……ベリーショートにしてください」 「えっ、こんなに綺麗な髪を? いいんですか?」 「バッサリ切ってください」  鏡の中の美容師さんが目をまん丸くしていた。さあ早く切ってちょうだい。そうしないと決意が鈍ってしまうから。  私はギュッと目をつむった。美容師さんは意を決し私の髪を切り始めた。耳元でシャキンと音がするたび、いっそう強く目をつむる。ああ勿体ない。毎日のシャンプーやドライヤーの手間が思い出される。成分にこだわった少々値の張るシャンプーを使い、シャンプーブラシで頭皮マッサージ。イオンを発生させるドライヤーで丁寧に乾かし、ヘアオイルをしっかりと染み込ませる。そんな事にどれだけの時間を費やしてきたのだろう。 「女は髪が命だ。髪が長くなくちゃ女と認めない」  会社の飲み会でふと耳にした言葉。拓人(たくと)のそのひと言が私を変えた。  それまでショートにしかした事のない私は髪を伸ばし始めた。密かに思いを寄せていた拓人に気に入られたい、女として見てもらいたい。その一心だった。  ずっとショートだったためか、それとも生まれつきなのか、私の髪は他の誰のものよりも輝いていた。そんな私に拓人は告白してきてくれた。 「(かなで)の髪は最高だ。誰にも触らせちゃいけないよ」  そういいながら拓人は優しく丁寧に髪を撫でてくれる。褒められると嬉しくて、更に髪の手入れに力を注いだ。  そして去年、私たちは結婚した。
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