四季は巡り

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四季は巡り

 雪国――××県××市×村の今年の冬は厳しい。昨年はからっきし雪が降らなかったのに、今年は雪かきがかかせなくなってしまった。坂道からくだってきた車が残した軌跡は、親切にもすぐにかき消えてしまう。緩やかな勾配(こうばい)のどこに立っても、前も後ろも先を見通すことができない。  除雪作業に忙しない×村の人びとも年を越し、長閑(のどか)な春になり、気温が四十度に届くこともある夏になると、冬が来ることを望んでしまう。もちろん冬は、夏を待ち遠しく思う。春は夏の予兆を報せ、秋は冬の匂いを運んでくる。人々のそうした気持ちを知りながらも、また、知らないとしても、四季は自然と巡ってゆく。  真夏。×村からそう遠くない、川沿いにある△△農林高校の教室で、緋奈は、窓枠を握りグラウンドを眺めていたが、それに気付いて恭平が手を振ると、弾ける笑顔で手を振り返した。玄関から教室へ。恭平は階段も廊下も足早に通り過ぎていった。扉を開けると、ぶどう味のゼリーが、恭平の方へ山なりに飛んできた。  暮れ方。赤色の水筒を緋奈に返すと、彼女は残り半分をゆっくりと飲んだ。(からす)が飛んでいる。グラウンドでラグビー部が練習をしている。小学生ふたりが校門の前を走り過ぎていく。窓枠を握り微風を受けて休んでいる緋奈を、後ろから包み込む恭平の制服には汗が染みこんでいる。  初秋。×村から西××駅へは十五分。一時間に一度来る電車で、その西××駅の次の駅で下りると、半シャッター商店街。そこからバスで二十分(ゆら)れると、△△水産高校に着く。洋二郎は高校へ向かうバスを待っているあいだ、読書に(ふけ)っていた。朝陽を背負いながら。  バスの一番後ろに座る静香は、日差しを横から受けて本を読んでいる洋二郎に、切ない視線を送っている。来年は、一学年下の洋二郎とは離れて――恋心を地元に置いて、××府でひとり暮らしを始めることになるだろう。彼のいないところで、何度もため息が出る。しかし、切ない視線を感じ取れないほど、洋二郎は鈍感ではない。ということを、彼女は知らない。  初冬。港には何隻もの漁船が、旗を海風に揺らせている。人魚海岸の先にある公園から砂浜に下りると、冷え冷えとした風に身が凍えそうになる。ふたりは砂浜に足跡を作り、流木の上に横並びになり、来春での別れを悲しみあった。これからは受験勉強だけに集中したい――ふたりの付き合いは、一カ月と少しを経て氷結した。  ×村に厳しい冬がやってきた。連日の大雪で、(もも)のあたりまでが埋まった。除雪作業は朝から昼まで続いたが、雪を溶かす陽は差さず、夕方には猛吹雪に見舞われた。川は凍てつき、小さい用水路にちまちまと雪を流すしかない。若者が都会へ出ているせいで、人手が足りない。雪かきのために、老骨に鞭打つ者が何人もいる……。  里崎家のペロは足を病んでいた。もうすっかり老衰していた。度々(たびたび)歩けなくなることもあった。そういう時は、病院で注射を打たなければ立ち上がれなかった。しかしその注射を打ち続ければ、副作用で苦しむことになるとのことだった。食欲も落ち、目も見えなくなり、鼻だけがきくペロを膝に乗せて、知代婆さんは炬燵(こたつ)に入っている。  ペロはこの家に来てから今迄(いままで)、知代婆さんを一番()いていた。朝になると、寝床のある部屋まで走り、(ふすま)をがりがりとしていた。しかしそれは一昔も前のことで、いまは、見えない目の代わりに耳を澄ませながら、知代婆さんが起きてくるのをじっと待っていた。ワンと吠える元気もなくなったが、尻尾で嬉しさを訴えていた。  栄二郎が雪かきから戻ると、知代婆さんは炬燵に入るよう勧める。彼は着替えてしまうと、そこへもぐりこむ。もう鬼籍(きせき)()っている克子と洋八のことを、思い出すまいとしても、こうして二人と一匹で暮らしていると、いつも寂しさを抱え込まなければならなかった。栄二郎はペロの頭を撫でた。ええ子さん、ええ子さんやなあ……と。  雪どけの後、×村の通りを一台の霊柩車が通り過ぎていった。それを見かけた知代婆さんと国枝婆さんは、顔を見合わせて、誰が死んだのだろうと話しあった。次は自分なのではないかという不安を、頭の片隅に追いやりながら。  国枝婆さんは、家に入ると仏間へ行き、線香をあげた。手を合わせた。泣くまいとしても、目尻に涙が浮かぶのは禁じ得なかった。息子の死のために、他の家の者に、どれくらいの嫉妬を感じたことだろう。知代婆さんの息子へ、どれくらいの呪詛を与えたことだろう。本音を言えば、知代婆さんとは話したくもない。しかし孤独は寂しい。  国枝婆さんは、一万円を袋に入れて、目を見ずに義理の娘に渡した。彼女は怪訝(けげん)な顔をして中を調べると、机の上に放ってしまった。そして、子に電話をかけた。そろそろ帰ってきてくれ、お婆ちゃんが、寂しくしているから……。ぷつん。ツー、ツー。  雪国――××県××市×村。人々はたくましく生きながら寂しさを抱えている。光を背に受けると前に暗がりができるように。正面から陽を受けると、後ろに影が伸びるように。或いは、完全な暗闇はあっても、光だけがあるということはないように……。  〈了〉
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