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「おい、A 、そろそろ二十会の計画しとけよ。もう夏終わりだぞ?」
E氏の鼻にかかった声が工場の一角で響いた。
ここは地域でも比較的大きな電子部品の製造及び組み立てを専門とする会社だ。
この会社には開発技術部と製造部と組立部という三つの部門があり、E氏の声が響いたのは組立部の工場内の一角だ。
各部門で一つ工場を持っていて、それぞれの役割を担っている。
ガチャンガチャンと小型の天井クレーンが作動する音が響き、サンダーがけの火花が飛散し、溶接のアークが雷のようにビカビカと工場内を照らしている。
ハンマーで何かを打ちつける音もプラスされて慣れない外部の人間から見たら中々カオスな空間だろう。
その工場内の端に休憩所があり、E氏の声はそこから聞こえていた。
休憩所とは名ばかり、パイプ椅子が乱雑に十数個置かれて、長机が二つ、スポットクーラーが五個置かれているだけのスペースだ。
九月の末に差し掛かろうという時期だが、まだ残暑がしつこく残っていて休憩所に座るE氏を含めた数名のヘルメットを脱いだ額には汗が滲んでいる。
全員紺色のつなぎ服を着用しており、上半身は汗で変色している。
いかに激しい肉体労働かをそれが物語っている。
「おぉいって、Aよ、聞こえてる?」
再びE氏の声が響いた。
先生が生徒に何かを教えて、それを理解しているかどうかを確認するような、どこか見下したような言い方に聞こえる。
この嫌な話し方、言い方をされて、「A」、つまり私は自分が呼ばれていることに気が付いた。
『んだよ…聞こえてるぅ?って何だよこいつ。この工場内でこんだけ離れた相手に話しかけるんならもう少し大きい声で言えよこの馬鹿が。聞こえねぇよ。聞こえるわけねぇだろ。馬鹿かこいつは。』
休憩所の端に座っている私に、休憩所の中央に居座るE氏が通常の声のボリュームで話しかけても聞こえるわけがない。
いちいち腹立たしい言い方をするE氏にいつも通り心の中で罵倒して自分を落ち着かせ、一呼吸置いて返事した。
「なんですか!?どうしたんスか!?」
私はわざとらしく大きな声で応えた。
休憩所には私とE氏しかいない。
「先輩の声が聞こえないなら近くに来いよ。」
E氏も今度は声のボリュームを上げて言ってきた。
本当に一言一言喧嘩を売るような言い方しかできないE氏の顔を軽く睨んだ。
そしてわざとゆっくり立ち上がってだるそうに歩いていき、E氏の近くの椅子にドカッと乱暴に座った。
「なんスか?」
私は目を合わさず、近くの飲み物の自動販売機を見つめながら言った。
「いや、だからよ、二十会の計画しとけって。夏の幹事お前だろ?」
何が「いや、だから」なのだろうか。
他の人間なら気にも留めないのに、E氏の一挙一動は本当に私の怒りの導火線に火を灯してくれる。
「はぁ…そうスね。」
私は興味が無いことを前面に押し出して力なく返事をした。
「二十会」は「にじゅっかい」といって、四十代と五十代が集まり、飲み会をするだけのくだらない行事だ。
察しの良い読者の皆様ならそんなうざったい中年の集まりをなぜ「二十会」というのかもうわかっていることだろう。
5×4=20
…である。
何のひねりもないつまらぬネーミングだ。
行われるのは年に三回。
春、夏、冬である。
E氏が四十代半ばに発起人として第一回が開催されてから八年になる。
発起人であるがゆえなのか、「二十会」をE氏は生きがいとしており、今のところ出席率は100%だ。
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