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ラーシュ (三)
クロエを失った万聖節から一年、戒厳下の人々の暮らしは困窮の一途をたどっていた。財産の所有が禁じられ、食糧も住処も行政府に割り当てられるがそうなると隠れてうまい汁を吸う輩、他人が自分より得をしているのではないかと疑心暗鬼に陥る輩など、不満分子がわらわら湧いてくる。
その日も行政府庁舎へ殴り込みに行くといって聞かない急進派グループ――というよりただの無頼集団をなだめた帰り、ラーシュは軌道エレベータ地上駅近くを歩いていた。鬱憤晴らしの理由が必要でグラスルーツに所属しているだけの連中のためにここまで心を砕く必要があるだろうか。
近ごろは急進派ともくくれない一派が現れて、そちらも頭痛の種となっている。
白河派と自称するグループだ。
急進派の連中が暴れたくてしかたないのに対して、白河派はおとなしい。しかしおとなしいからといって等閑にしていい人々ではない。別の意味で危険なのだ。
白河はきれいな水の流れる川を意味する。ただそれだけならよかった。白河に夜船がつくと何も知らずぐっすり熟睡することを指す。つまり、白河派の目的は苦しまず死を迎えることだ。厭世が高じて母なる地球の負担を減らすべく残留人類は皆死すべしとまで主張する輩まで現れている。一医師として許しがたい。
グラスルーツの理念に留まらず、何もかもが分からない。
ラーシュの足が止まった。宵闇に沈みかけたそこはかつてすぐそばにあった海に向かって張り出した崖の上の展望台だった。
秋の夕暮れ。ただでさえ力ない太陽が駆け足で落ちていく。みな万聖節を祝う気力もなくあてがわれた住居に引き籠もっているため、ひと気はない。
いつだったろうか。恋人たちが取りつけた南京錠が鈴生りのフェンスは撤去された。杭とテープでかたちだけ封鎖された展望台から誤って人が落ちても気にする者はいない。
この場所で愛を誓ったのも失望させたのもついこの間のようであり、遠い昔のようでもある。
「会いたい」
肩を落とし、ラーシュはつぶやいた。
クロエに会いたい。父親の後始末など放り出して、いっしょに移民船に乗ればよかった。会いたい。愛してやまない若葉色の目をもう一度見られるならどんなに手ひどくクロエに罵られてもかまわない。
詮無い繰り言だ。
ぴぴぴん。
デバイスから通知音が聞こえてきた。何ごとかとニュースを開く。
「新移民方式、複製人格運搬システム開発成功――?」
やつれたラーシュの頬にひさびさに血の色が戻ってきた。
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