クロエ (七)

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クロエ (七)

 ご、……ん。ご、うん。ごん、ご……ん。  夕方四時の鐘が鳴る。軌道エレベーター宇宙港行き最終便発車まであと十分だ。 「しまった」  ラーシュの顔色が変わった。クロエの肩を抱くといらいらと別れが終わるのを待っていた護衛たちに「行こう」と声をかける。物陰から駅舎の入り口まですぐだ。しかし今日はハロウィンでやたらにごった返している。 「急げ――」  いつもに増して険しいセシルの表情に、クロエは違和感を覚えた。  最終便の発車時刻を気にしていらいらしているにしては、おかしい。  いらいらしているんじゃない。(おそ)れだ。  ぴ、ん。ぴぴん。ぴーん。  警報と聞き間違えそうな、サイレンめいたチャイムがいっせいに鳴り響く。広場に集う人々のもつデバイス、時計塔、ビルや駅舎の壁面に速報画面が表示された。 「地球行政府より、全人類へお知らせがあります――」  何ごとかと驚く人々の間をすり抜けるようにクロエを抱いたラーシュ、ふたりを囲むセシルや護衛たちが走る。 「明日、――地球各地域の日付変更をもって宇宙移民計画の新フェイズに移行、移民船乗船券販売は一時停止となります。新しい移民船の建造、及び就航の見込みが立ち次第順次、地球行政府が乗船券を配布いたしますので――」  手持ちのデバイスや広場に現れた速報画面のアナウンスに聴き入っていた人々の沈黙が 「どういうこと?」  誰かのつぶやきで破られた。 「新しいフェイズって何?」 「今までとどう違うんだ?」  つぶやきにつぶやきが重なり、ざわめきと化す。人混みをかきわけ、やっとのことでクロエたちは駅舎の入り口にたどり着いた。  ぎし、し。  シャッターが降りてくる。ラーシュはクロエを駅舎の内側へ押しこむと、一歩退いた。 「ラーシュ!」 「クロエ」  万聖節を祝い思い思いのコスチュームで着飾った人々の集まるなかラーシュは光を放ちひとり、際だって見えた。砂色がかった金髪だからか、青みを帯びた灰色の目だからか。他にいくらでもきらきらしく目立つ男も女も子どももその場にいたはずなのに視界を占めるのはラーシュだけだった。 「きみには、未来を生きてほしい」  (きし)みながらシャッターが降りてくる。 「明日から移民船のチケット販売停止って、じゃあ――」 「今日ならまだ乗れるんじゃないのか?」  いっせいに群衆がシャッターで(とざ)されつつある駅舎を見た。 「下がってください、お嬢」 「ラーシュ!」  ぎし、ぎしし。  シャッターが駅舎の外の世界を締め出していく。大きな音とともに 「移民船に乗せて! この子だけでも乗せて!」 「自分たちだけ宇宙に逃げるのか、オレたちを残して!」 「ずるい! ずるい!」  びしゃ――!  大きな音とともにシャッターが駅舎の外の世界を遮る。   殺到する群衆に呑まれるラーシュの姿が見えなくなった。
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