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リアは一生懸命縫ったドレスを完成させると、それを一生懸命包み紙でくるんで姫様に贈ろうと走って行った。
「姫様!」
しかし、その日の王城は様子がおかしかった。
普段は寝ぼすけなお姫様はベッドにはおらず、既にどこかに出かけていたのだ。
一介のメイドは公務のことなんてわからず、ただ途方に暮れていた。
「姫様、とうとう結婚が決まったんですって」
「なんでも隣国の王子に嫁ぐんですってね」
「あの美しい王子の元に嫁ぐなんて、さすがは姫様ねえ」
先輩メイドたちの噂に、リアは茫然とする。
「え……私、そんな話聞いてないです」
思わず先輩メイドに声をかけると、それはそれは気の毒そうな顔で見られた。
「そりゃあ姫様だって公務ですもの。言う相手も言うタイミングも選ぶんじゃないかしら」
「ですけど……姫様の誕生日は」
「それは多分隣国で祝われるんじゃないかしら。もうちょっとしたら式だし」
それにリアは頭の中がぐしゃぐしゃになってしまった。
リアは根本的に勘違いをしていたのだ。
お姫様とリアは友達同士ではない。お姫様からしてみればリアは面倒を見てくれる人ではあるが、それ以上でもなければそれ以下でもない。公務の相談や愚痴を言う相手ではなかったのである。
なによりも、リアが誕生日の贈り物を用意していたなんて話、自分の式や隣国で嫁ぐ行事が迫っているのだから、そんなこと知らないしそれどころではない。
だが。リアは育毛剤を塗りたくりながら、毎晩毎晩褒めてくれた髪を切っては集めて、一生懸命布を織り、その布でドレスを仕立てていたのである。
もうそのドレスを贈りたい人は、いなくなってしまうというのに。
リアはとぼとぼと中庭に歩いて行くと、庭師がいないのをいいことに、中庭の花畑の中に入り込んで膝を抱えて泣きはじめた。贈り主のいなくなったドレスだけが手元にある。
そこでひょいと彼女を覗き込む相手が出た。
「だから言ったじゃないか。姫は君が思うような相手じゃないって」
「……デイルさんには関係ありません。私がしたかっただけなんです。私が、姫様に喜んでほしかっただけで、自己満足だったんです」
「怒りはね、怒れる時にきちんと怒らないと体を蝕む呪いになるよ。悔しいなら悔しいと言いなさい。悲しいなら悲しいと言いなさい。溜め込むのが一番毒になるのだから」
デイルに言われ、リアはみるみる涙を溜め込み、とうとう決壊した。音を立てずに泣いていたというのに、今は号泣して大声を上げている。
「……綺麗って言われて嬉しかったんです。喜んでほしかった、それだけでいいって思ってたんです。まさか誕生日より先に私を置いていなくなるなんて、思わなかったんです」
「そうだね。せめていなくなる日は伝えるべきだった」
「私……姫様のこと、本当に大好きだったんです」
「そんなことわかっているさ。まあ、せっかく自分でつくったドレスなのだから、君が着ればいいじゃないか」
「……え?」
「君が布から織ってつくったドレスなのだし、どうせ贈り主はもういないんだ。君がもらってしまってもいいだろう? なによりも君の髪は美しい。きっと似合うよ」
「……私が着ても、髪の色と同じドレスでみっともなくなるだけですよ」
「そんなことはないよ。私は魔法使いだからね」
意味がわからないまま、リアは小屋を借りてドレスに着替えた。
星屑色の髪に、星屑色のドレス。お姫様に合うよう、一生懸命ふんわりと広がるドレスを縫ったのだ。
「……やっぱり、似合わない。姫様の金色の髪に合わせてつくったんだもの」
「そんなことないさ。ほら」
そう言いながらデイルは彼女の胸元に花をあしらった。真っ赤なバラの花であり、星屑色のドレスが一気に華やいだ。
「ほら、よく似合う。どうだい、私と一緒に踊るかい?」
デイルはそっと手を伸ばすので、リアはその手を取った。
年齢不詳の彼の手は、とてもじゃないが年老いたものとは思えなかったが、様々な魔法を産み出す魔法の手であった。
彼の優しい手に導かれ、リアは初めてダンスを踊った。
「……姫様、お幸せに」
ようやっと大好きなお姫様に祝福の声を上げられたリアは、デイルの優しさに今はただ、甘えていたかった。
<了>
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