星屑の糸をかき集め

2/3
前へ
/3ページ
次へ
****  ところで、王城の中庭の一角には魔法使いが住んでいる。  元は宮廷魔法使いだったらしいのだが、既に宮廷魔法使いの称号は弟子に渡して隠居している。本当は故郷に帰りたかったらしいのだが、国王はこの男を大層気に入って、客人として中庭に小屋を建てて住ませているのだそうだ。  リアはお姫様の洗濯物が飛んでいった際にたまたま見つけて以来、たびたび茶飲み友達としてお話しをしていた。 「こんにちは、デイルさん。相談に乗ってもらってよろしい?」 「なんだいリア。君の相談はいつだって厄介じゃないか」  デイルはどう見ても隠居するような見た目には見えず、せいぜいリアとは五つほどしか離れてないようにしか見えないのだが。この王城で働くいかつい騎士団長や宰相までうやうやしく話しかけるものだから、見た目よりも年を重ねているのかもしれない。  リアは思いつきを口にした。 「あのね、育毛剤が欲しいんです。毎日毎日、髪を伸ばしたいんです」 「なんだって? 君はまだ髪が抜ける年頃でもないだろ」 「私、自分の髪を毎日切って、その髪で布を織らないといけないんです」 「……なんだって? おかしなことを言うもんだね君も」  デイルは彼女を小屋に招き入れると、ポットに乱暴に薬草と蜂蜜をたっぷりと入れて、ミルクを注いで煮はじめた。濃い匂いが漂う中、デイルはリアのほうにマグカップに薬草茶を注いで出した。  リアは慣れたようにその濃い匂いのそれを飲みはじめた。匂いが暴力的なのに、なぜか味は異様にいいのがデイルの薬草茶であった。 「姫様が私の髪を褒めてくださったんです。だから、彼女の誕生日に合わせて私の髪で機を織ってドレスを仕立てたいんです。素敵でしょう?」 「そんなもったいない……君の髪は綺麗だろう? それを姫のドレスにだなんて」 「あら、私の髪なんて大したことありません。姫様くらいしか褒めてくださらなかったもの」 「そりゃ若い男共が見る目がないのさ。色が付いて派手な物を美しいって擦り込まれているからねえ。嘆かわしい」 「なら、姫様は素敵な方なんですね。ますますもって彼女にドレスを贈りたいです」  リアが目をきらきらと輝かせるのに、デイルはなんとも言えないように鼻の上に皺を寄せた。 「……私は君が傷付くのをあまり見たくはないのだけどねえ。姫も世が世だからただのお姫様で留まっているが、時代が違ったら傾城の魔女として処刑されていてもおかしくはなかったのだからね」 「まあ、姫様のこと悪く言うのはお止めください! それで、育毛剤は用意できるんですか? できないんですか?」 「できるともさ。ただ、君が泣かないことを祈っているよ」  そう言いながら、デイルはリアに特製を育毛剤を分け与えた。  こうして、リアは毎晩毎晩、自分の髪にハサミを入れては育毛剤を塗りたくって髪の長さを戻しつつ、自分の髪を集めはじめたのだ。  最初に織れた布地はハンカチくらいの大きさで、これは誕生日までに間に合うんだろうかと、リアは気の遠くなる思いがしたが。  一日から二日。二日から三日。  ハンカチくらいの大きさだった星屑色の布地は、少しずつ面積を増やしていった。  毎日毎日、メイドの仕事は慌ただしく、お姫様の身の回りの世話や掃除。自室に帰ってからは髪を切っては織り機に通しての布地作成。髪が足りないと困るから、寝る前には毎晩育毛剤を塗り込むのを忘れない。  お姫様の誕生日まであとひと月を切ったところで、やっとリアの髪でつくった布地は、ドレスをつくれるくらいにまで大きくなったのだった。 「……綺麗な布」  それをリアは抱き締めた。  今まで、彼女はお姫様以外にはデイルくらいにしか髪の色を褒められたことがない。色が抜けたみっともない髪だと思っていたが。切って布に織ってしまったら、それは絹糸で織った布と遜色ないくらいに艶々と光り、美しい布に変わっていたのだ。  リアは布を切ると、それを縫いはじめた。星屑色の素晴らしい布は、こうして星屑色の素敵なドレスに生まれ変わることとなったのだが。  その布は彼女の贈りたい相手に届くことはなかったのである。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加