4人が本棚に入れています
本棚に追加
「ただいま」
だがドアが開かない。
なんだ、また出掛けているのか。
こんなことは、しょっちゅうだ。
親が出掛けていて、帰宅が子どもの下校時刻に間に合わないのだ。
住人全員から顔が割れている社宅で待たされていると、目立つ。
「あら、お母さん出掛けてるの?」
「佐藤さんに鍵借りたら?」
色々な人から声をかけられる。
へらへらとあいまいに返事しつつ、
2時間近く待つ。
お向かいの佐藤さんが見かねて鍵を貸してくれたことがあったが、それを知った母から
「なんで借りたの!」
と激怒されたから、借りられない。
ようやく戻ってきた母に、文句を言う。
「遅くなるんだったら、鍵もたせてよ」
「そんな危ないことできるわけないでしょ」
「じゃあ、早く帰ってきてよ」
「仕方ないじゃない、渋滞したんだから」
「じゃあ、佐藤さんにマスターキー借りる。みんな借りてるよ」
「だめよ、あの人、総務ってだけで、本当は鍵なんて持っていたらいけないんだから。あの人、管理人気取りだけど。」
何度同じ会話をしているんだろう。
自分を中心に世界が回っていると信じて疑わない母に交渉するのは無駄だ。
「ただいま」
やっぱり今日もいない。
もう待つのは嫌だな。
たまには待たせてやろう。
ドアにランドセルを引っ掛け、私は社宅を飛び出した。
学校帰りで、所持金はゼロ。
自転車の鍵は、家の中。
さて。どこに行こうかな。
そうだ。農業公園にいこう。
校区外にあり、いつも収穫イベント開催時にしか行かないけど、色々な遊具があって、遊びたかったんだ。
まずは友達の家に行く。
道連れが欲しい。
「え。歩きで?」
「自転車使えないんだもん」
「後ろに乗りなよ」
「ありがとう」
友達が自転車の後ろに乗せてくれた。
15分くらいで着いてしまった。
意外と近かったんだな、ここ。
案内板をみて遊具広場を探す。
ターザンロープやアスレチックがあった。
近くの公園にはない大型遊具で遊ぶわくわく感を抑えきれず、何度も何度も遊ぶ。
「家、大丈夫なん?」
「へーきへーき。いっつも待たされるし。」
「そろそろ暗くなるし、帰ろうか」
「そうだね」
帰りは上り坂。
母の怒る顔が目に浮かび、
とぼとぼ歩く。
「付き合ってくれてありがとう」
「いや別に、楽しかったし。怒られないといいね」
「うん…」
「じゃあね、バイバイ」
「バイバイ」
友達と分かれると、急に心細くなり、
大丈夫、私は悪くない!という気持ちと、
やっぱり怒られそう、という気持ちと、
どのみち何をしても怒られるなら遊んだもの勝ちだよな、という気持ちが入り交じる。
家に着くと、車があった。
親が家にいる。
身がすくむ。
「ただいま…」
「どこにいってたの!」
「お母さんいないから、遊んでた…」
「心配するでしょ!なんで家の前で待たないの!」
「いつも待たされるの、いやだから。
色々な人から見られて、色々言われるんだよ。」
「そんなのほっとけばいいでしょ!」
実家の鍵は、大人になった後も、持たされず仕舞いだった。
最初のコメントを投稿しよう!