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「なんすか、これ」
「いや、お礼言ってなかったなと思って」
瀬尾くんの斜め上の行動力には、大声が出たわけだけど。「女の子を俺に引き受けてもらうため」の等価交換だったとしても、俺のために動いてくれたことは事実だ。その点を無視するわけにはいかないだろう。
「危ないことはやめてほしいけど、でも、ありがと」
不審げな顔でもう一度瞬いたあと、ふっと瀬尾くんが笑った。気のせいか、ちょっと小馬鹿にした感じのそれ。
「マジ素直」
「お礼言わないほうがよかったかな、これ」
「まさか。助かってますよ、彼氏」
平然と応じた直後、瀬尾くんはなぜか俺の手を握った。意味がわからない。
正しく困惑する俺の背後で、「え!?」というぎょっとした声が響いた。
「は……?」
なに、今の。振り向いた先にいたのは、同い年くらいの女の子だった。
その女の子が驚愕の表情で俺を見て、瀬尾くんを見て、手元を見る。そうして、最後。また瀬尾くんを見た。
「か、彼氏」
呆然自失とした呟きに、「そう」と瀬尾くんがほほえむ。正直ちょっと似非くさい笑顔だった。
「ごめんね」
駄目押しの謝罪に、女の子はふらりと歩き始めた。背中からはとんでもない哀愁が漂ってる。なんというか、さすがに少し気の毒だ。
「……あれ?」
「そう。あれ。よかった、面倒なことになんなくて」
満足そうに笑った瀬尾くんが手を離す。その顔を見上げ、俺は小さく溜息を吐いた。
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