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「先輩、一緒に帰ろ。送ってってあげる」
シャツを脱ぎ、さぁ帰ろうとしたタイミングでのお誘いに、俺は胡乱な顔を向けた。その視線を受け、瀬尾くんがことりと首を傾げる。
「なに、嫌?」
「いや、嫌じゃないけどさぁ」
瀬尾くんの顔でお願いされて、断ることのできるやつはいないんじゃないかな、とも思うけどさ。
スマホを取り出そうと尻ポケットに突っ込んでいた手を抜き、瀬尾くんに問いかける。
「あのさ、この恋人ごっこ、どこまで有効なの」
「どこまでって、どこまでやれるかって話?」
「じゃ、なくて」
なんだ、どこまでやれるって。モテる男の言うこと、違いすぎるだろ。内心でドン引きしつつも、俺はへにょりと眉を下げた。
「バイト中だけだと思ってたから」
「いや、外に俺のこと待ってるっぽい女いたんすよね」
「ああ、……そういう」
「先輩のこと助けてあげたでしょ? だから先輩も俺のこと助けてよ」
「いっそ清々しいな、瀬尾くん」
べつに、まぁ、いいんだけど。なにせ、いろいろと恩はある。呆れ半分で了承し、俺はバックヤードの扉を押した。
「あ、瀬尾くん。これ、あげるよ」
外に出たところで、店を出る前に購入したジュースを渡すと、瀬尾くんは不思議そうに瞬いた。夏の夜の蒸し暑い空気が、さらりと瀬尾くんの髪を揺らしていく。
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