0.俺に恋はほど遠い

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「やば。睨んでんじゃん」  面白がる野井の声に、俺は呼吸を思い出した。はっとして息を吸う。美形すぎて息が止まるとか、あるのか。マジか。美形すごいな。  目を離すこともできずに凝視していると、ふいと王子が視線を外した。もう興味はないと言わんばかりの態度で、ゆっくりと歩き去っていく。  ――王子か。  内心で俺は呟いた。どんなあだ名だよと正直馬鹿にしていたのだが、訂正する。あれは王子って呼びたくなるわ。  頭上を飛び交う会話に混じらず、王子の消えた方角を見つめていると、野井が肩を叩いた。 「一颯?」 「あ、ごめん」 「なに、どした? さっきから」 「いや、えっと」  たしかに挙動不審だったかもしれない。事態を取り繕うべく、へらりと俺は笑った。 「ごめん、バイトだった。遅れるから先に帰るわ」  本当は違ったわけだけど、嘘も方便というやつだ。 「バイト? コンビニだっけ」 「そ。じゃあ」  犀川に頷き、また二学期、と笑えば、ようやく腕が外れた。べつにいいけど、なんで、陽キャって距離が近いんだろうな。  また連絡するわという挨拶に手を振って、廊下を進む。階段に足をかける手前でクラスメイトの辻くんと行き合ったので、「バイバイ」と俺は笑顔を向けた。  クラスで浮いているわけではないし、誰とでも喋るものの、グループ行動はしない派の辻くんを「かっこつけ」と野井が評していることは知っている。だが、しかし。日和って集団に所属しがちな俺からすると、選択制ぼっちを貫く辻くんは、なんだかすごくかっこいい。  クラスメイトの男に褒められても気持ち悪いだけだろうから、言うつもりはないんだけど。  クールに挨拶を返してくれた辻くんとも別れ、階段を降りて昇降口に向かう。最後の角を曲がったタイミングで、俺はそっと両肩をはたいた。
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