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「いや、いいけど」
いいけどさぁ、せめて、事前になにか言ってくれないかな。あの女の子の中で、完全に瀬尾くんの彼氏になってるじゃん、俺。
恨みがましい視線を送ったものの、なんのその。楽しそうに喉を鳴らし、瀬尾くんは歩き始めた。俺の家の方角だったので、しかたなく隣に並ぶ。
「あの子が待ってるのが嫌だっただけなら、まっすぐ帰ったら? こっちだと遠回りでしょ」
「いいよ、ついで」
「ええ、なんのついで……。まぁ、いいけど」
もごもごと呟くことで自分を納得させて、口を噤む。ちょっと、気まずい。
……いや、本当に、まぁ、いいんだけど。
魔法の言葉を胸の内で繰り返し、心持ち歩幅を大きくする。
いいんだけど。それにしても、わけわかんねぇな、瀬尾くん。はっきり断ったほうが楽だったんじゃないの。変な誤解もされないしさ。
そう言ってあげるべきなのだろうか。悩んでそっと窺った瀬尾くんの横顔は、予想外に機嫌が良さそうで。まぁ、いいか、という気分に落ち着き直してしまった。
だって、そもそもの話だけど、こんなお遊び、瀬尾くんに本物の彼女ができたら終わるわけだし。
それで、瀬尾くんに彼女ができるのも、そう遠い未来の話ではないのだろうし。
……だったら、そのあいだくらい、いいか。
少なくとも、俺にメリットはあるわけだし。会話乏しく夜道を歩きながら、俺はそう思うことに決めた。
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