1.ケータイ小説みたいな恋は求めてない

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「じゃ、俺、レジ代わってきまーす」 「はぁい、よろしくねぇ」  愛想の良い川又さんの声を背にバックヤードを出れば、ピロンと間抜けな電子音が鳴り響く。  客のいない店内を通り抜けレジカウンターに近づくと、昼間シフトのおばさまたちがにっこりとほほえんだ。いつもに増して愛想が良い。  なんかこわと思いつつ、「おつかれさまです」と俺もにこりと笑い返した。おばさまたちに逆らうべからず。かわいがられたほうがもろもろお得。一年間のアルバイトで得た経験則である。 「遠坂くん。もう挨拶した? 新しいバイトの子、すっごくきれいな子よねぇ」 「はは、……ねぇ」 「テレビに出てるアイドルの子みたいじゃない? すっごく愛想も良いし。このあいだ研修で昼間に入ってくれたんだけどね、呑み込みも早いし素直だし、もうかわいくって」 「え?」 「あら、やだ。遠坂くんもかわいいわよ」  いや、そうじゃなくて。なに、愛想が良いって。なに素直って。俺、今日含めた三回の遭遇で、笑顔とか一回も見てないんですけど。  混乱しているあいだにピロンと音が鳴り、のしのしと歩いてきた瀬尾くんが「っす」とおばさまたちに頭を下げた。  ……いや、愛想良いか、これ。  王子の顔面フィルターが補強効果を生んでいるとしか思えなかったわけだが、おばさまたちはにっこにこなのだった。なにも言えないとはこのことよ。
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