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お食事処・志の助
「お食事処、志の助……電話……」
スマホで検索して辿り着いた店は、もう記憶にはないが健在だった。
ガラリと引き戸を開けると、若い娘の声で「いらっしゃいませー」と間延びした声が返って来た。
「空いてる席どうぞー」
そう言われた彼は迷わずカウンター席へ。脂はギトついていないし、壁紙も黄ばんでいない。リニューアルでもしたのだろう。
目の前のメニューには“和のもの”“洋のもの”“中華”と分かれている。中華だけは“中のもの”ではないらしい。確かにそんな言い方は聞いたことないが。
“洋のもの”にオムライスがある。
「オムライスお願いします」
「はーい、オムライスひとつでーす。……お父さんオムライス!」
「はいよー」
どうやら店主は耳が遠いらしい。娘に大きな声を出されてようやく聞こえたようだ。
出て来たオムライスは、SNSでも絶対映えないであろう、卵の端っこが少し焦げた、“カフェ飯”とは正反対をいくものだった。
上にはケチャップがべっとりとかけられている。それにサラダの小鉢が付いていた。
「いただきます」
卵は「とろとろで濃厚~」などと言った食レポが成り立つものではなかった。
口の中で少しパサつく卵の食感。だがそれが香ばしくて、中のケチャップライスの甘酸っぱさと重なって懐かしい記憶を舌の上に感じた。
そうだ。
このケチャップくさい飯が好きだったんだ。
ただの市販のケチャップとは違い、少し独特な風味を感じる。何か別のスパイスを加えたらしい味わいは、小一の自分にとてつもないご馳走だったのを思い出した。
懐から、想い出のチケットを取り出す。
“おむらいす・けちゃっぷがおいしい”
残念ながらもう割り箸は止めたらしく、トレイにはプラスチックの箸が転がっていた。
彼は内ポケットからボールペンを出すとそこに追記した。
“卵は香ばしく、ケチャップの濃厚な味わいが特徴。懐かしい――”
ペンが止まる。懐かしい、何の味なのか。
彼はコップの水を一口飲んだ後、こう付け足した。
“――懐かしい、母のオムライス……の、超濃厚版”
母が作るオムライスは、いつもケチャップライスの味が薄かったのを思い出した。
節約したのかもしれない。それがちょっと物足りなくて、卵の上にケチャップを大量にかけては怒られたものだった。
『もったいないだろ!』
『だって味薄いよ』
『バカだね、塩分取り過ぎは早死にするんだぞ』
そう言う母こそ、早死にしてしまったが。
四十一歳は、これからという歳だと思う。
子供が独立し、借金も完済し、ここから母の遅い女の花道が始まったかもしれないのに。
想い出のオムライスは、最後は少しだけしょっぱくなってしまった。
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