3人が本棚に入れています
本棚に追加
「それもう何回も聞いたよ。若葉くんが半泣きになりながら、深夜に車飛ばして救急病棟につれてってくれたんだっけ。熱でてるときの私、めちゃくちゃ濃いピンクに光ってて、かかりつけ医も大変だって慌ててたんでしょ。あんまり覚えてないけど」
「このやろ。僕は病院が大嫌いなのに、連れてったんだぞ。看護師(若い女)がうろついてる魔窟に」
「ていうか、私いまはそこまで貧弱じゃないよ、それを言うなら若葉くんのほうがすぐ貧血で倒れるでしょ」
「いや、僕だって近ごろはちゃんと食べてるし平気だよ。それに、僕は大人だし女じゃなくて男だからそんなすぐ倒れるほどやわじゃないもんね。だから、多少不健康でもいいの」
納得いかない言い分をすると若葉くんは、私の正面の席に座った。バターナイフでバターを一欠け掬って、ホットケーキの表面に載せている。黄色いバターは、きつね色の円の中心で、角を失いながらゆっくりと溶けていった。溶けだしたバターが、幾筋かの透明な線になってホットケーキの上を流れていく。
「うまっ……」
若葉くんは、一口食べただけでそう呟く。私もわくわくしながらバターを載せて、毒々しい色をしたブルーベリージャムをスプーンで垂らした。同じようにフォークで端を切り取って口へと運ぶ。
「……!」
おいしい。
一口食べると甘くて、ちょっとジャムが酸っぱくて、ふわふわのホットケーキを噛み締めると、染みこんだバターがジュっと口のなかに味わい深く広がっていく。
そして私の顔にはおそらく笑みが広がっていただろう、若葉くんは微笑ましいという感じの表情になっていた。
「おいしいだろ」
「おいしい。世界で一番おいしい」
「でしょ、僕がつくるとなんでも美味くなるから」
「若葉くん、もうお店だしなよ。ホットケーキのお店。待ち時間に漫画とか読めるようにしてさ。きっと儲かるよ」
「嫌だよ。パンケーキって若い女の主食じゃん。若い女が押しかけてきたら嫌すぎる」
真剣に嫌そうな顔で頭を振ると、若葉くんは引き続きホットケーキをもぐもぐと食べた。まあそれは確かに言えてる。
「……美味しい?」
「うん!」
再度訊かれたので、即答すると、若葉くんは溶けたバターみたいにでれっと笑った。
最初のコメントを投稿しよう!