これは虚構に近い、普通の恋

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 そのとき、「今朝は餃子の専門店特集です」と女性アナウンサーの明るい声が響いた。私たちがホットケーキに舌鼓を打っている間に、テレビではいつの間にかお天気のコーナーは終わっていたようだった。  二人してテレビの方角を振り向く。 「こちらの絶品揚げ餃子! とても美味しそうですね~」  アナウンサーの大げさなテンションの言葉と共に、箸で割られた餃子の断面が度アップで画面に映る。肉汁を帯び、てらてらと光るひき肉。細かくみじん切りにされた緑のニラまでもがしっかり見えるカメラワークだ。 「おいしそう……」  私は思わず画面に見入ってしまった。  対抗心を煽られたのか、「春雨、僕あれより美味しいの作れる自信あるから、今日の夕飯揚げ餃子でいい?」と画面を指差す若葉くん。  私と暮らし始めたころはごはんを炊いて、味噌汁をつくるだけで精いっぱいだった若葉くんが、今ではもう肉じゃがでもキッシュでもマリネでも、何でも作れてしまう。成長期の私に少しでも栄養のあるものを食べさせようと、漫画を描く合間を縫ってレシピ本と睨めっこして奮闘してくれた成果だ。 「嬉しいけど、そんな張り合わなくても……」  これにはちょっと微苦笑せざるをえない私。これじゃあ、漫画家なのか料理人なのかわかりゃしない。  お母さんが亡くなったのは、何の変哲もない梅雨の日だった。朝は空がどんよりと薄暗く曇っており、私は「体が光るのが目立って嫌だなぁ」、と玄関でのろのろと靴を履いていたら、お母さんが「今日は、春雨の好きな肉じゃがコロッケ持って帰ってくるからね」と言ってくれて、励ましてくれた。  私は、その一言を楽しみに学校に行き、授業を受け、家に帰った。お母さんの帰りをずっと待っていたが、夕飯の時間を過ぎても、お風呂の時間帯を過ぎても、お母さんは帰ってこなかった。こんなことは初めてだった。そのうち、激しい雨が降り出し、遠雷も聞こえ始め、やけに不安をあおった。何度か固定電話が鳴ったけれど、一人のときは電話がかかってきても出なくていいとお母さんが言っていたので出なかった。  やがて二十一時を過ぎたころ。家のチャイムが鳴った。  お母さんかと思い、喜び勇んで玄関扉を開けにいくと、そこには女性の警察官が二人で立っていた。一人は堅い表情をしたおばさんで、もう一人は心細そうな顔つきの若いお姉さん。彼女らは私を見て一瞬目を見張った。
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