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「……あなたが、夏凪春雨ちゃん?」
「はい……」
おばさんのほうに訊かれ、私は戸惑った。
「あのね、お母さまが――」
また、遠雷があった。
婦警から母の訃報を聞いて、雷に打たれたかのような衝撃が私のなかに迸(ほとばし)った。お母さんは家に帰る途中で、飲酒運転のトラックに轢かれて亡くなったそうだ。
それからのことは、正直ぼんやりとしか覚えていない。警察の人たちといっしょにパトカーに載せられて病院へ行って、冷たくなったお母さんを見た。雨粒がたくさんついて濡れたレジ袋には、透明なパックに収められた肉じゃがコロッケが二つ入っていた。それが妙に生々しく感じられた。お母さんは今日死ぬなんて思ってもみなかったんだろう。コロッケを買って、いつも通り家に帰って私とご飯をたべようと思ってたんだ。今朝は普通に会話したのに、お母さんとはもう二度と喋れないなんて、信じられない。かなしくてしかたないのに、突然のことに驚く気持ちの方が大きくて、涙さえもでてこない。
母子家庭だったのにお母さんが亡くなってしまって、これから自分はどうなるのだろうと、警察の人が買ってきてくれたコンビニ弁当を病院の廊下で食べながらぼんやり思った。しかし、警察が母の実家を特定してくれたようで、翌朝には東北のほうの田舎から一度も会ったことのない祖父と祖母が飛行機で迎えに来てくれることになり、私は一度病院から家に帰って荷物をまとめた。荷造りはお姉さんの警官が手伝ってくれて、寝るときもそばに控えててくれた。
翌朝はすぐに空港へ向かった。私のおじいちゃんやおばあちゃんはどんな人たちなんだろう。優しい人なんだろうか。もし、つらかったね、だとか、よくがんばったねとかそういう言葉をかけられたら泣いてしまいそうだ。そんなふうに空港へ向かう車内で思ったけど、その期待は存外すぐに打ち破られた。
「あなたが南の娘? 話には聞いてたけど本当にピンクなのねぇ……気持ち悪い子だこと」
着物を着て待ち合わせに現れた白髪交じりの祖母が、私を見て開口一番に発した言葉がそれだ。警官から私を引き渡されると、「はやく来なさい。あの子に似てとろくさそうな子だ」と祖父は眉間にしわを寄せた。こんな冷徹な人たちから、どうやってお母さんのような可愛くて優しい人が生まれてくるのか私は本気で理解が及ばなくなった。
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