これは虚構に近い、普通の恋

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 参加人数十人ほどの、小規模な葬式は恙なく進行していった。  大きな仏壇みたいなところに、お母さんの高校時代の写真が小さな額に入れられている。住職の人が長いお経を読んでいて、皆は座布団に正座して黙ってそれを聞いていた。むせそうなお線香の匂いがただよい、聞き取れない読経が耳朶(じだ)に染み付く空間で、ようやくお母さんが死んだことを実感した。泣いているのは私だけだったので、声を押し殺して涙を流した。背を向けた住職の袈裟(けさ)の模様が滲んで見えた。私は、お母さんがいなくなってしまったことが悲しくて悲しくて、ずっとしくしく泣いていた。  初めて見る親戚の人たちは読経の最中だというのに、「南ちゃんもバカ丸出しよね」、「頭の悪い男と子供なんかつくるから」とひそひそと意地悪な顔でお母さんの悪口を言っていた。夫なのか、知らないおじさんたちが「故人の前だぞ、やめなさい」とあきれたように注意していたが、「でもねぇ」とおばさんたちは湿った笑いと悪意を含んだ言葉をお母さんに向かって吐きつづけた。お母さんは、こんなに皆から嫌われてたんだ。私が、お母さんから生まれなかったら、お母さんはこの家を出なくて済んだのに。私のせいで。  そんなマイナスな思考にまで陥った。さらに気分を悪くさせたのがこんな言葉だった。 「それにしても見なさいよ、あの気持ち悪い子」 「見たわよ。まるでエイリアンみたいだわ」 「春雨ちゃんでしょ? キラキラネームなのも何かね……」  東京では、学校でも家庭でもわりと受け入れられてきたつもりでいたけど、私のような異質な子は、田舎の格式ばった窮屈な家では全く受け付けないようだった。でも、私だって好きでピンクに光ってるわけじゃないのに。 「あんな子だれも引き取りたくないでしょうし、早く良い施設をさがしてあげないとね」 「それがいいわ。繊細なうちの子が見たらきっと泣き出すもの」 「私たちでさえ、気味が悪いものね。あんな人間離れした肌。せめてもっと普通の子だったらね……」  正座してうつむいたまま、スカートをにぎりしめる。普通って何、と怒りすら覚えた。視界が揺れてぼやけて、まばたきしたら手の甲に熱い雫が落ちた。涙。  春雨はピンクで綺麗だね、と言ってくれていたお母さんの笑顔が思い浮かぶ。
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