これは虚構に近い、普通の恋

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 若葉くんはチラッとテレビに映る女性アナウンサーを一瞥する。  言われるがままチャンネルを変えると、男性の気象予報士が「秋田市が34度……」とちょうど天気予報を言っているところだった。 「よし、今日は34度だな。男が言ってるなら確実だ。若い女はすぐに嘘をつくから信用できないんだ」 「お天気お姉さんは仕事でやってるんだから、テレビで嘘ついたりしないと思うよ……」 「つくよ……」  若葉くんがフッと笑みを浮かべた。この人は、若い大人の女性が心の底から嫌いなのである。大人っぽい高校生から、若見えする四十代くらいまで。それ以外の、女児やおばあちゃんといった女とは普通に会話ができる。あと若くても、母親や姉や姪の私などといった家族であれば、普通に喋れる。基準が謎。 「ていうか、若い女の人がすぐ嘘つくって、たとえばどんな嘘を?」 「まず、顔が嘘じゃん」 「メイクのことそんなふうに言わないであげて……」 「顔にべたべた不純物を塗りたくって、顔面偏差値を底上げして……それで馬鹿な男から金を巻き上げようとか目論んでるんだよ……」  ふっと若葉くんは、私のお弁当箱を包みながら、小馬鹿にした笑みを浮かべた。被害妄想もそこまでいくと光るものを感じる。  けれど、若葉くんは若い女性のいないところではこうやって悪口を言うくせに、いざ若い女性を目の前にすると悪口を叩くどころの状態ではなくなる。たとえば電車とかバスで、席に座っているときに目の前に女性が吊り革を掴みにやってきたら、目の焦点は定まらず、とにかく怯えまくる。宅配便の配達員が若い女性だったら、青ざめた表情で俯きがちに「いや、べつに……、はい……」とか、ぼそぼそと返答をして、震度三くらい揺れてる手でハンコを押す。絶妙にカッコ悪い。  そもそも一体、女性に何をされたらそんなことになるんだろう。何度、理由を尋ねてみても、若葉くんは頑なに「昔、嫌なことをされたんだ」と遠い目をするだけで、詳細は教えてくれない。昔は無性に気になって「教えてー、なにされたのー」としつこく聞き出そうとしていたが、本人が言いたくないのに無理やり聞き出そうとするほど私も今はお子様ではない。深くは訊かないことにしている。
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