これは虚構に近い、普通の恋

9/153
前へ
/153ページ
次へ
「気象予報士の加藤さん、ありがとうございました。いやぁ、子供たちのなかには夏休みに入っている子も多いかと思いますが、今日も夏らしい天気になりそうですね~。外出するさいは熱中症に気をつけましょう」  キャスターがテレビ画面のなかで微笑んでいる。今日は七月二十二日。土曜日だ。  たしかに世間では夏休みも近づいて浮き足だつ時期だが、私は補習で中学校へ、若葉くんも仕事でこの酷暑のなか出かけるのだ。  ダイニングテーブルに肘をつき、ためいきまじりに、またチャンネルを変えた。朝の星座占いのコーナーがやっていた。私が九位で若葉くんが五位という微妙な順位なのを確認。「九位の天秤座は、好きな人と少し距離が縮まるかも? ラッキーアイテムは水色のハンカチ」、とあった。  好きな人か……。最後に好きな人がいたのは二年も前だ。  『普通以下のくせに』  だいぶ前に別れた前園くんの言葉を思い出して、胸が鈍く痛んだ。  ちがう。あの人はもう「好きな人」なんかじゃない、「好きだった人」だ。  それに、両思いだと思っていたのは私だけだったし。彼が私に向けていたのは、純粋な恋愛感情なんかじゃなかった。今の私に好きな人もつきあっている人も、もういない。きっと、そんな相手をつくることは二度とないだろう。少女漫画で恋愛してる気分に浸るくらいが私にはちょうどいい。 「春雨のお弁当作ったら、食べるもんなくなっちゃった……」  ほんの少し切ない気分に浸っていたら、キッチンで朝食を用意していた若葉くんが、冷凍ストックしてあったホットケーキを解凍して持ってきた。見ると、大きい白いお皿に、二枚ずつホットケーキが重なって乗っている。  卵焼きを入れてもらえなくて駄々下がりになっていたテンションがV字回復した。 「ホットケーキだ……!」  声に、こらえきれない喜びが滲む。朝に食べるホットケーキも卵焼きと同じくらい好き。 「そう、ホットケーキ。ジャムとバター出してきて」 「うん……!」  椅子から立ち上がり、キッチンへ向かった。冷蔵庫からジャムの瓶、そしてバターを取り出してテーブルへ持っていき、再び席に着く。 「おいしそう、おいしそう」 「今日暑いし、学校で倒れたら大変だから、しっかり食べてね。君はただでさえ体があまり丈夫じゃないし。姉さんが亡くなったばかりの頃はしょっちゅう夜中に高熱出して、僕は生きた心地がしなかったぞ」
/153ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加