これは虚構に近い、普通の恋

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――頬に、尖(とが)ったものが当たった。  そんな気がして、ベッドの上で瞼を開ける。  カーテンの隙間から朝日が細くこぼれ、フローリングの床にラインを引いていた。 「……ん」  瞼に当たる光がいつもより鋭い気がして、寝ぼけ眼のまま寝返りを打つ。仰向けで天井を見て、部屋の照明がつけっぱなしになっているせいだと気づいた。  ああ、そっか。私、昨日の夜、漫画読んでる途中で寝落ちしたんだ……。  もう何度も繰り返してきた失敗だからすぐにわかった。  そして、頬の違和感の正体を確かめようと、枕元を横目で見ればピンクの長髪の女の子と、黒縁メガネをかけた男のイラストが視界の端に映った。どうやら、枕元に置いた読みかけの漫画本の角が、頬に触れているみたいだ。たしか、あれは昨日買った星屑ちゃんの新刊のはず……。  そこまで思い出したところで、ハッとした。私はタオルケットをめくりあげて、がばりと上半身を起こす。 「あ……!」  思わず声が出た。昨日買ったばかりの新刊は、ページを開いたまま伏せて置いてあった。肝心なのはそこじゃない。漫画本は、半分ほど枕の下敷きになっている。恐らく、ページには、折れ目が強く残ってしまっていることだろう。 「え、うそ、やっちゃった……」  本のカバーに施されたホログラムが、項垂れた私を嘲るかのように照明の光をキラキラ跳ね返していた。外は夏らしい陽気な天気なのに、私は朝から曇りの日のような陰鬱な気分になる。  ただでさえ、大判コミックは根が張るのに……。しかも、この『星屑ちゃん』というタイトルのエッセイコミックは、カバーに特殊加工が入っているせいで千円の枠に収まらないのに……。一冊千二百円くらいするのに……。中学生の懐事情に決して優しくはないのに……。  ため息が出た。漫画本を開くと、やはり、十ページほど紙の角が犬の耳のように折れてしまっていた。挙げ句の果てには、特定のページだけ異様に開きやすくなっている。あーあ……。せっかく新品で買い直したのに……、綺麗に保管しておきたかったのに……。若葉くんが、頑張って描いて出版した本を……。  申し訳なくなってしまい、ベッドの上で「うう……」と意味のない言葉を発しながら顔を覆った。  せめて予備があったらな……。最初に買った一冊目はなくしてしまったし……。
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