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春の思いに流される
友達と一緒に放課後遊ぶ計画を立てていると「ごめんね、今日は俺が先約だから」と、結人が口を出してくるようになった。
避けている負い目があるから最初の数回は何も言わなかったけれど、それが何回も続くとなると私だって黙ってはいられない。
友達と遊びたいのに邪魔ばっかりするのはやめて欲しいと、そう訴えてからは結人が話に割って入ってくる事はなくなったけれど、私の知らないところで何か動いていたのだろう。
友達にメッセージを送っても返信がこなくなったり、皆で遊ぶ計画を立てているのに私だけが呼ばれなかったりと、そういう事が少しずつ増えていった。
その分だけ結人と過ごす時間が増え、それに比例して触れられる回数も多くなる。
こんな手の繋ぎ方をしただろうかと、こんな風に頬や髪に触れることは普通だっただろうかと、そんな事を考えているうちにまた少しずつ距離が縮められていった。
時間をかけて慣らされると、これが普通だって脳に染み込んでいくみたい。
私が変に意識し過ぎているだけだと思いたかったけれど、いつの間にかキスをしてくる事まで普通になったのだからやっぱりおかしかったのだろう。
私の周りから親しくしていた人が減っていき、結人の触れ方が段々際どいものに変わっていく。
少しずつ滲んでいく違和感が息苦しくて、じわじわと心が擦り減っているような感じがした。
ここまでくると、大事な幼馴染に対する情よりも、私は何をしているんだろうという不安の方が勝ってしまう。
こういう事をするようになった今でも、好きとか付き合おうとかいう話をした事は一度もない。恋人でもない名ばかりの婚約者にどこまでするつもりなのかと募りに募った不安は、「もう婚約者をやめたい」という最悪な言葉で私の口から溢れてしまった。
「……上手く聞き取れなかった。ごめん和音、もう一回言って?」
結人と二人っきりの室内。すっと細くなった瞳に見下ろされて小さく息を呑んだ。
嫌な言い方をしてしまった自覚はあるけれど、一度言った言葉を取り消すなんて出来ないと、もう一度同じ台詞を口にする。
「急にこんなこと言ったら結人は困るかもしれないけど、でも意味なくここまで干渉されるの嫌で……。こういう感じが続くなら、もう婚約者やめたい」
今度はちゃんと聞き取ってもらえたのだろう。しばしの間を空けてから、ベッドに腰掛けたままの結人が小さく溜息を落とす。
隣のスペースを軽く叩きながら「ちゃんと話したいからとりあえず座って」と促され、言われた通りに結人の隣に腰を落とした。
「言いたい事は色々あるんだけど……あー……何? 今更どうしたの? そっちだって了承した事なのに、そんなの簡単に出来るわけないだろ」
「了承はしたけど、でもこんな……こんな普通に付き合ってるみたいな事されるとは思ってなくて」
「なんで? 俺は和音と普通に付き合ってるような事したいよ。何が駄目?」
「……付き合ってるわけでもないのに、する事じゃないと思う」
勇気を出して確認したつもりで、結人がどう思っているのかをちゃんと知りたかった。
だけどこれは狡い聞き方で、恐らく選んだ言葉が悪かったのだと思う。
「……和音は彼氏じゃない男にキスなんてさせるの?」
初めて私に向けられた冷たい声に、一瞬言葉が詰まってしまった。
「……っ、ゆい」
「初めてした時に嫌じゃないって言ってくれたよね。あれは何?」
「き、キスくらいなら、結人とならしても別にいいかなって、思って……」
「……はは、キスくらい?」
迫力に押されて、思ったことをそのまま口にしてしまった。
結人が聞きたいのは絶対にそういう事じゃないのに、どうしてもっと上手な返事が出来なかったんだろう。
「い、嫌じゃなかったのは本当で、急だったからびっくりして考える余裕がなかったんだけど、今は……」
「嫌じゃないっていうのは俺のこと好きって意味じゃないの?」
「……違う。ちゃんと私は友達として、」
変に意識した事があると透けるのが怖くて、友達として結人の信用に応えたかったと返すつもりだった。
しかし言い切る前に肩を押され、背中がマットレスに触れると同時に目の前の景色が変わる。
急にこんな体勢になった意味を、考えることを脳が拒否した。
「あのさ、和音はキス以外のこと考えたことある? あんな軽いキス程度でいいとか、俺は一度も考えたことないけど」
「えっ、え……?」
今この場所が結人の部屋のベッドの上で、家の中には私と結人しかいない。
これがどういう意味なのか、こうなるまで全く意識していなかった。
同じ状況になった事は今までにも何度だってあるのだ。こんな風に押し倒されたりしなければ、意識する必要なんてないはずだった。
あまり考えたくなかったけれど、これがどういう意味なのか分からないほど子供じゃない。
「和音、駄目。逃げるな」
「や、やめようよ。私は結人とこんなのしたくない」
「じゃあ誰とならしたいの。どうせいつかするんだからもういいだろ、俺がやりたいタイミングで」
「え、あ……っひ」
「俺以上に和音のこと好きな奴なんていないから」
「……っ」
確かに私は結人と違ってモテるわけではないし、モテるどころか告白をされた経験すら一度もない。
だけど私の事を好きになる人がいないなんて、そんな酷い事を言わないで欲しかった。
言い返す前に唇が塞がれ、初めて口内に入り込んできた舌の感触に泣きそうになる。
「嫌がるのやめて。結婚するって言ったの、和音は適当に考えたわけ?」
「んっ……は、だってこんな、こんなのするの含まれてるなんて、そんなの考えてなかっ、う……」
「俺はこういう事しか考えてなかったけど? 付き合ってるなら普通するだろ」
スカートの中に入ってきた指が内腿に触れ、意味が分からず泣きそうになる。ただひたすら恥ずかしくて、よく分からないけれど結人が知らない人みたいで怖い。
どうしてこんな体勢になっているのか、全然理解が追いつかない。
「付き合ってるし別れないよ。自覚してなかったならもう別にいいから、今からちゃんと自覚して」
「は……」
「俺は付き合ってるつもりだった。和音もそう思ってよ」
その付き合うという関係に、この行為が含まれているんだろうか。
もしそうなら、付き合っているなんて絶対に言いたくない。
「ゆ、結人待って。本当にこれ…….」
「できれば酷いやり方もしたくない。あんまり嫌がらないで」
「こんな……こういうの、結人は本当にしたかったの……?」
それが理由で付き合う云々言ってるだけなら考え直して欲しい。
結人との関係を大切に思ってきた私が馬鹿みたいだ。
幼い頃から仲良くしてきたはずなのに、どこで変わってしまったんだろう。同じ気持ちだと思っていたのに、私は何か間違っていたんだろうか。
こんなの一度してしまったら、もう二度と仲の良い友人には戻れなくなる。
「……あのさ、男ならこのくらい普通に考えるから」
「ふ、普通って何……? やだ、私こんな……結人としたいとか、そんなの思った事ない……っあ」
「和音が思った事なくても、俺が押さえつけて無理矢理足開かせればどうにでもできるから」
「ひっ……? あ、やっ……」
「暴れるなら腕縛るよ。大人しく受け入れて」
「やめて、おねが……ねえ、結人……」
また唇が塞がれて、隙間から入り込んだ舌が私のものと絡む。
呼吸をするのが精一杯で、声にならない音が悲鳴のようになって口から溢れた。
「あ、結人……う、っやめ……」
「何もしないで帰したらもう二度と来てくれないよね? 無理、最後までする。ごめん。できるだけ痛いことしないから」
「っう、ふ……ぁ、は……」
こういう行為をする相手として、どうして私が選ばれたんだろう。結人が頼めばしてくれそうな人はいっぱい居るのに、その後の対応がやっぱり面倒臭いのだろうか。
抵抗してもあまり意味がないようで、雑に脱がされていく服が一枚ずつ床へと落ちていった。
こんなにも力の差がついてしまったのは一体いつからなんだろうか。幼い頃は抵抗しても全く動けないなんてこと、絶対なかったはずなのに。
ああ、そういえば、昔は一緒にお風呂に入った事もあった気がする。これも一種の現実逃避なんだろうか。
裸を見られるのはいつ振りになるんだろうと、涙を流しながらそんな馬鹿な事が頭を過った。
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