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傷跡はまだ塞がらない
手を引かれて寝室に移動し、そのままベッドに腰を下ろす。
お尻がベッドに沈んだのと結人に唇を塞がれたのは、ほとんど同時のタイミングだった。
「っゆい……っん、は……」
「っはぁ……」
こんなの、まるで食べられているみたいだ。間近で響く結人の声を意識する度に、お腹の奥がきゅうっと狭くなる。
酸素をうまく取り込めず、しっかりと力を入れることも出来ない。後ろに倒れないように自分を支えるだけで精一杯だった。
「んっ、ん……ぁ」
何度も触れて深くなっていくキスに、頭がぼうっとする。こんなにも激しいキスをされるのは初めてな気がして、呼吸の仕方が分からなくなった。
心臓の音が煩くて、自分でも分かるくらいに身体が熱い。
キスだけでこんなにも胸が苦しいのに、それ以上の事を、今から私は結人とするんだ。
「……寒くない?」
部屋の温度なんて分からないくらい熱くて、その質問の意味を理解するのが一瞬遅れた。
そんなことを気遣うのは、私がこれから寒い格好になるからなのだ。結人の手が直接背中に触れている事に気付き、そこでようやく質問の意味を理解する。
「あ、待って……結人、あの」
「うん。どうしたの?」
私の話を何も聞いてくれなかった初めての時とは全然違う。
ちゃんと止まって、目を合わせて、しっかり私の話を聞いてくれようとする姿勢が嬉しい。
たったそれだけの事で、泣きそうなほどに安心してしまう。
「……続けるの無理そう? やっぱり怖くなった?」
「違う、けど……このまま脱ぐの恥ずかしいから、電気消して欲しくて……」
「ん、分かった。少し暗くするだけでいい?」
その問いに頷くと、ベッドサイドにあったリモコンに結人が手を伸ばす。ピッという短い電子音と共に、室内が少しだけ暗くなった。
「このくらいでいい?」
「……もう少し、だけ」
「んー……分かった。もう少しね」
再度響いた電子音と共に、更に一段階部屋が暗くなる。
今度は私にこれでいいかと確認せずに、結人はそのままリモコンを置いた。
「暗くした。上脱ごうか」
「え……あ、うん」
「脱がせていい? ……それとも自分で脱ぐ?」
「え、あ、じゃあ脱がせて欲しい……かも」
そう言った瞬間、結人が小さく息を呑んだのが分かった。
ゆっくりと伸びてきた手が頬に触れ、私の耳元に結人が顔を寄せる。
声を直接吹き込まれているみたいで、そこに息が触れるだけでお腹の奥がまた狭くなった。
「嫌だったら本気で止めて」
低音で囁かれたその言葉に返事も出来ず、ひゅっと間の抜けた呼吸音だけが口から漏れる。
着ていたカットソーは簡単に脱がされてしまい、ブラだけを残された状態で肩を押されて、そのままベッドに背中が沈んだ。
「可愛い」
「えっ……あ」
「は……もう二度と触らせてくれないと思ってた」
「んっ……」
首筋に結人の顔が埋まり、軽く肌を吸われて一瞬呼吸が止まる。
背中に回されていた手にブラのホックを外され、締め付けのなくなった胸元が息を吐く度に小さく震えた。
結人の指が下着を持ち上げる。際どい場所に触れられると、それだけで視界が滲んだ。
まだ何も始まっていないのに、どうして泣きそうになっているのか自分でも分からない。
「あっ……ん」
下から軽く持ち上げるようにして、結人の両手が私の胸に触れる。
どこを掴めばいいか迷っていた手で顔を覆い、勝手に漏れてしまう声を必死に押し殺そうとする。
「……和音、顔隠すのやめて」
「あ、や、だって……」
「どんな顔してるか見せてくれないと、嫌がってないか分からない」
「っひぁ……っ!」
きゅっと胸の先端を摘まれ、思わず口から嬌声が漏れる。
そのまま反応を窺うようにそこばかりを虐められ、口から漏れる息がどんどん甘いものに変わっていった。
「ん……っん、ぁ……」
「ここ立ってるね。ちゃんと気持ち良い?」
「え、あ……っんぅ」
「言って。喋れる?」
「あ……っえ? は……ぅん」
気持ち良いかどうかなんて、正直まだよく分からない。
擽ったいのに背中がゾクゾクして、口元を抑える両手にぐっと力が入った。
右の胸は指で弄られて、左の胸は口に含まれて先端が舌先で突かれる。その合間に「エッチな声」と静かに指摘されて、その恥ずかしさがまた興奮の後押しになった。
「ちょっと腰浮いてるね。足りない?」
「へ……? っあ、っひぁ……あ、っん」
「濡れてる。そろそろこっちも脱ごうか」
ズボンの中に手が入り込み、下着の上から確かめるようにして中心をなぞる。濡れていることを確認すると、そのまま陰核を軽く引っ掻かれて思わず腰が浮いた。
少し油断した瞬間に、口元を押さえていた両手を剥がされ、そのまま再び深いキスを落とされる。
舌を絡めた状態で下着ごと全て抜き取られてしまい、何も身に纏っていない姿を結人に晒すことになった。
触れていた唇が一度離れ、繋がった唾液がぷつりと途切れる。
私を見下ろす結人の目に、分かりやすく欲が混ざった。
「はぁ、良かった。キスして胸触っただけでちゃんと濡れてるね。分かる?」
「あ、っひぁ……んっ」
「直接触られるの気持ち良い? すっごい蕩けた顔してて、可愛い」
「は……あ、っふ、ンッ、それや……ッ」
ナカに入った指が浅い場所を軽く撫で、親指は器用に陰核を刺激する。
わざとらしい粘着質な水の音が自分の下半身からしているのかと思うと、恥ずかしくて耳を塞ぎたくなった。
「もう少し慣らすね。絶対に痛くないようにするから、ちゃんと俺のこと入れて」
「は……っあ、あぅ……」
「声出していいから、ちゃんと息して。うん、ほんと、可愛い」
甘ったるい声に脳がビリビリして、シーツを握る手にぎゅっと力が入る。
何度も優しく落とされるキスが嬉しくて、頭の中がふわふわとしたもので満たされていった。
熱くて怖い。気持ち良くておかしい。熱の逃がし方が分からず、何かを欲しがってお腹の奥が切なく締まる。
こんなに気持ち良くて怖い行為、私は知らない。
「っふ……」
一度指が抜かれ、ぐちゃぐちゃになってしまったソコを隠すように、ほんの少しだけ脚を閉じた。
しかしそれもすぐに割り開かれてしまい、脚の間に挟まるようにして結人が体を入れる。
分かってる。本番はこれからだ。
まだ指を入れただけで、こんなので終わりなわけじゃない。この次に何をするのかくらい、私だってちゃんと分かっているのだ。
「……ゴム、ある?」
「うん、あるよ。大丈夫だから、心配しないで」
私に向けられる声はどこまでも柔らかくて、それだけで簡単に力が抜けてしまう。
避妊具のパッケージを破る音と、二人分の呼吸音。それだけの音で満たされた室内に、ギシリとベッドのスプリングが軋む音が混じった。
「挿れるから、少し力抜いて」
「う……こう?」
「うん、ありがとう。ほんと、大好き」
ナカに入った瞬間の刺激よりも、泣きそうな顔で言われた「大好き」の方が、ずっと凄い破壊力だった。
それでも奥を押し潰すように動かれると、流石にそっちに意識を持っていかれてしまう。
「あ、っん、あ、あ……っひ、ぅあ」
「は……っん、和音こっち、キスしたい」
「っふぁ、ふ……っくん、ぁ……」
「口開けて。足りない、和音……っは、あー……」
ぐっと奥まで押し付けられて、少しも身体を逃すことが出来ない。
片手で頭を固定されたまま、舌が絡んで呼吸ごと食べられた。
「んっ、んーっ、っふぁ、っん」
気持ち良いのが上がってきて、どうすることも出来ないまま、もっと深い場所に結人がくる。
「あ、や……イッ、イッちゃ、待って……あ、ふっ……ん、んんっ……あ、やぁっ」
「ん、かわいー顔。気持ちいい?」
「やっ、きもち……きもち、から……っあ、だめ、それだめになる、も……っあ、ア……ッ!」
一際高い声が漏れて、足の指にぐっと力が入る。
イッてる最中も律動は続けられ、一番奥の弱い所を結人の陰茎に何度も刺激された。
「うっ、も……イッてる、や、今イッたの……っひ、ぁ、あ、っああ……!」
「少しだけ待って、ごめん。出したい、逃げないで。和音……好き、好き、好き……っう、は……あー……くっ、は……」
コンドーム越しなのに、お腹の中で熱いものが吐き出されたのが分かった。
極力言わないと言っていたはずの「好き」という言葉が何回も耳元で落ちて、その度に胸の中の空洞が少しずつ埋まっていく。
逆らえなくて言うことを聞くしかなくて、どうして婚約しているのか分からなくて空いた傷跡のような場所。
それが少しずつ塞がって、あったかいもので満たされていく。
自分の好きな人に、好きだって想ってもらいながらするセックスは、怖いくらいに気持ち良くて嬉しかった。
──結人も、少しでも同じように思ってくれてるといいのに。
ちゃんとイッてはくれたけど、私が上手に出来ていたのかは甚だ疑問だ。ほとんど受け身でただ喘ぐことしか出来ていなかったし、物足りないと思われていてもおかしくない。
まだ何か続けた方がいいだろうかと、そんなことを思っている最中に、ナカにあったものがゆっくりと抜かれる。
私が反応するよりも先に口を開いたのは結人で、裸のまま、不安そうに私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だった?」
「へ……?」
「痛いとか辛いとかない? 最後、全然止まってあげられなかったから。ごめん」
こういう風に言ってもらえるだけで嬉しくて、全部が大丈夫になってしまう。
実際に痛いとか辛いと思った場面はなかったし、ただ気持ち良くて怖かっただけだ。
結人が考えていること全部大丈夫だと、始まる前に私は言った。
「……気持ち良くて、全部嬉しかった」
素直に思っている事を伝えると、泣きそうな顔をしながら結人が笑う。
今度は少し痛いくらいの力で抱き締められて、再度落とされた「大好き」という言葉が耳元で優しく溶けた。
「声、少しだけ枯れてる。飲み物取ってくるからちょっと待ってて」
「……うん。ありがとう」
寝室から出て行った結人を見送り、一応着ておこうかと落ちている服に手を伸ばす。
持ち上げた瞬間、ポケットに入れていたスマホが鈍い音を立てて床に落ちた。
「あ、なんか通知……?」
マナーモードにしていて気付かなかったけれど、電話とメッセージの着信を知らせるポップアップが画面に表示されている。
差出人は全て弟で、数件溜まっていたメッセージを確認するため画面を開き、その内容に心臓が止まりそうになった。
『大丈夫だとは思うけど、一応聞きたいことあって電話した』
『もう婚約破棄して関係ないし、あれから結人くんと会ったりしてないよね?』
『櫻川のお母さんから家に電話があって、和音が結人くんに会ってないか確認しろって』
『向こうも不安そうにしてたから、会ってないか一応教えて』
並んでいたメッセージ全てに目を通し、返事を打つ事も出来ずに一度画面を閉じる。
幸せでふわふわしていた頭を鈍器で殴られたようで、携帯を持つ指先まで一気に冷たくなっていった。
一度婚約を破棄した人間が、歓迎されるはずがない。
こんなのは少し考えれば分かることで、それは私が結人と付き合えないと思っていた理由の一つでもあった。
分かっていたのに、私は見ないフリをしたのだ。
付き合うだけで結婚とはまた別だからと、勝手にそんな判断をして、ちゃんと好きだと結人に言いたくなった。
本当はこんなに軽く考えちゃいけない事なのに、我慢できなくて自分の欲に走ったのだ。
多方面に迷惑をかける逃げ方をした元婚約者の女が、大事な櫻川の跡取りに近付いている。そう思われても仕方がないし、結人のご両親は私が結人の側にいる事が嫌で堪らないだろう。
どうしてもっと、深く考えておかなかったんだろうか。
今してもらった行為はまた結人に迷惑を掛けるだけなんじゃないかと、そんな風に思ってしまう自分が嫌で、心臓が潰れそうなほどにギリギリと痛んだ。
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