視線

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事務室で退勤の手続きをとり、予備校を出るまで、彼の行動の理由を考えていた。まさしく、国語の長文読解が問いかけていたように。 アンサー。 一、わたしが距離を置かれるようなことをした。 二、漫画やアニメに影響された。 三、ただ単に体調が悪かった。 どれもありそうで、どれもなさそうだった。 先週までは普通だったから、わたしに非があるわけでもないだろう。彼がアニメ好きという話も聞いたことがないし、体調が悪いようにも見えなかった。   思春期の子供には、そういう時期もあるのかな。 最終的に、雑に結論づけた。 ボディバッグを肩にかけて、帰宅ラッシュの電車に乗り込んだ。 その頃には、予備校での出来事など、すっかり頭の隅に追いやっている。 そんなことより、帰ってサッカーの試合を観戦したかった。録画予約したのが、ちゃんと()れているといいけど。   待ちきれなくて、スマホをひらく。 SNSで生の声を眺めるのが好きだ。 同じものが好き同士、共通の話題に興じる声が集まると、わたしは独りじゃないんだとホッとする。 スマホに気を取られていたら、危うく乗り過ごしそうになった。 何気なく視線を上げたら、駅名板が目に入った。降車駅と気付いて、慌ててホームへ飛び出す。 振り返ると、プシューと音をたててドアが閉まるところだった。あぶない。早く帰りたいのに、乗り過ごして無駄に時間を消費するのは面白くない。 電車がゆっくり走り出す。 車窓から見える人々の目が、無感情にわたしを追ってくる。 「え……」 彼らは電車とともに流れていく。 しかし視線だけは、わたしのほうに固定されている。 電車が過ぎ去り、ファンと音を立てるまで、わたしはひんやりした汗をかいていることに気付かなかった。 そんなに、変だったのかな。 わたしがあんまり慌てて降りたから、注目を集めただけかな。 ただそれだけだ。 言い聞かせて、頭の中から車窓を消し去った。 違和感が確かなものとなったのは、それから二日後のことだった。  
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