フェイス

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 高校に向かう途中、僕は急に意識を失ったらしい。目を開けると、ひんやりとした土の感触が手のひらに伝わってきた。見渡せば、田んぼ道がどこまでも続いている。身体を起こし、遅刻しないよう慌てて走り出した。  いつも見慣れた景色が、なぜか少しだけ高く見える。まるで急に背が伸びたみたいだ。でも、そんなはずはない。気のせいだろう。  教室に入ると、みんなの視線が一斉に僕に向いた。その顔には驚きと恐れ、そしてなにか得体の知れない不安が滲んでいた。 「おはようございます! すみません、来る途中で転んでしまって。少し意識を失っていたみたいです」  遅刻の理由を必死で説明する僕。しかし、クラスメイトたちは言葉を失い、ただ僕を指差して震えている。 「佐藤、お前……顔が……」  担任の慎之介先生が、困惑した表情を浮かべて僕を見つめていた。まるで何か大変なことが起こっているかのようだ。 「顔が校長先生になってるぞ。気づいてないのか?」  僕は一瞬、彼の言葉が理解できなかった。頭の中でその言葉を反芻し、何度も意味を考えた。校長先生? 僕の顔が? そんな馬鹿な話が――。 「この顔が欲しかったんだぁ! 誰もが羨む、世界トップクラスの顔面、最高だろう! 見せびらかしに来たんだよ、俺の顔!」  教室のドアが開き、老人の校長先生が興奮した様子で入ってきた。その顔を見た瞬間、僕は目の前が真っ暗になった。校長先生の顔が――僕の顔だったのだ。 「どうやら、君が意識を失っている間に、顔をすり替えられたようだな」  慎之介先生は冷静な声で言い放った。信じられない。こんなことが許されるのか? 僕は、何かの悪い冗談だと信じたかった。 「承認欲求が満たされた。良かった良かった。満足、満足」  校長先生は不気味な笑みを浮かべ、奇妙なダンスを踊り始めた。その様子に教室内はさらに騒然となる。彼は慎之介先生のそばに近づき、ポケットから札束を取り出すと、満足げに手渡した。 「臨時ボーナスだよ、先生。いつもお世話になってるからね。顔の入れ替えなんて大仕事、簡単じゃなかったろう?」  僕の全身に怒りが湧き上がる。どうやら、僕が意識を失ったのは、この慎之介先生の仕業だったらしい。彼らはグルだったのだ。  僕の生きるこの時代は、暴力と見た目が全ての時代。教科書には、昔からそうだったと書いてあるけれど、そんなの信じられるわけがない。全ては権力者たちの都合のいいように書き換えられた嘘だ。  僕は決意した。必ず、この顔を取り戻してやる。何があっても、絶対に。この世界を変えてやるんだ。悔しいが、今は我慢するしかない。まずは、奴らの裏を暴くところから始めよう。 「さあ、整形の歴史の授業を始めますよ。今日は、教科書の50ページから」  慎之介先生は、まだ動揺しているクラスメイトたちをよそに、何事もなかったかのように授業を始めた。  僕は教室を出て行く校長先生の背中を睨みつけ、心の中で強く誓った。必ず、いつの日か、この世界を正してやる。その日が来るまで、僕はこの理不尽でバイオレンスなルッキズムの世界に逆らい続ける。  たくさん仲間を集めるぞ。僕は本気だ。     (了)
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