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「今日は帰りが遅くなる」  テレビでは朝の星座占いが流れている。それを見ながら雪兎さんが言った。 「へ?」  雪兎さんお手製の卵焼きを食べようとしていた僕は、手を止めた。  あの出不精の雪兎さんが外出? 「何だその顔は?」 「いや、雪兎さんが外出って珍しいなと思って」  雪兎さんはほとんど家にいる。放っておくと、ずっと座りっぱなしでいる彼の運動不足が心配になり、ストレッチをさせたほどだ。そのときは「ぐふうぅ……」と怪獣のような唸り声を上げながら、体を動かしていた。    雪兎さんはちょっと考える顔になり、 「仕事だよ」 「そうなんですね……!」  よかった。この人、ちゃんと外とのつながりを持ってたんだ。ずっと家にいるから、社会的に孤立してないか心配だったんだよね。  そう安心していると、雪兎さんがムッとした顔をしていることに気づいた。 「何だその母親みたいな顔は」 「そんな顔してました?」  顔に出ていたらしい。気をつけよう。 「とにかく、今日は帰りが遅くなるから、飯は作り置きしてる物を適当に食べてくれ」 「はい」 「レンジで温めるときはちゃんとラップをかけろよ」 「……はい」 「もし、誰か来ても迂闊に玄関を開けるな」 「……はい」  雪兎さんは僕を何だと思っているんだ。 「あと、何か困ったことが起きたら……」 「電話ですね?」 「……ああ」  雪兎さんは頷く。 「あの、雪兎さん僕もう13歳なんで、一人で留守番くらい大丈夫ですよ」  その瞬間、雪兎さんの顔がハッとした顔に変わった。 「……そうだな。お前は大丈夫だな。大丈夫」  自分に言い聞かせるように雪兎さんは呟いた。その顔は虚ろで、どこか遠くを見つめている。 「雪兎さん?」  思わず声を掛けると、 「話は終わりだ。ほら、急がないと遅刻するぞ」  時計を見ると、いつも家を出る時間の10分前だった。 「うわ、本当だ!」  急いで朝食をかきこみ、玄関へと向かう。 「いってきます!」 「……いってらっしゃい」  玄関に立つ雪兎さんは無愛想に返事をする。先程の不安げな顔でなく、いつもの雪兎さんの様子にほっとした。   学校に向かいながら、頭の中で雪兎さんの言葉を思い出す。 「……そうだな。お前は大丈夫だな。大丈夫」  あのとき雪兎さんは何を考えていたんだろう。
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