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4
「今日は帰りが遅くなる」
テレビでは朝の星座占いが流れている。それを見ながら雪兎さんが言った。
「へ?」
雪兎さんお手製の卵焼きを食べようとしていた僕は、手を止めた。
あの出不精の雪兎さんが外出?
「何だその顔は?」
「いや、雪兎さんが外出って珍しいなと思って」
雪兎さんはほとんど家にいる。放っておくと、ずっと座りっぱなしでいる彼の運動不足が心配になり、ストレッチをさせたほどだ。そのときは「ぐふうぅ……」と怪獣のような唸り声を上げながら、体を動かしていた。
雪兎さんはちょっと考える顔になり、
「仕事だよ」
「そうなんですね……!」
よかった。この人、ちゃんと外とのつながりを持ってたんだ。ずっと家にいるから、社会的に孤立してないか心配だったんだよね。
そう安心していると、雪兎さんがムッとした顔をしていることに気づいた。
「何だその母親みたいな顔は」
「そんな顔してました?」
顔に出ていたらしい。気をつけよう。
「とにかく、今日は帰りが遅くなるから、飯は作り置きしてる物を適当に食べてくれ」
「はい」
「レンジで温めるときはちゃんとラップをかけろよ」
「……はい」
「もし、誰か来ても迂闊に玄関を開けるな」
「……はい」
雪兎さんは僕を何だと思っているんだ。
「あと、何か困ったことが起きたら……」
「電話ですね?」
「……ああ」
雪兎さんは頷く。
「あの、雪兎さん僕もう13歳なんで、一人で留守番くらい大丈夫ですよ」
その瞬間、雪兎さんの顔がハッとした顔に変わった。
「……そうだな。お前は大丈夫だな。大丈夫」
自分に言い聞かせるように雪兎さんは呟いた。その顔は虚ろで、どこか遠くを見つめている。
「雪兎さん?」
思わず声を掛けると、
「話は終わりだ。ほら、急がないと遅刻するぞ」
時計を見ると、いつも家を出る時間の10分前だった。
「うわ、本当だ!」
急いで朝食をかきこみ、玄関へと向かう。
「いってきます!」
「……いってらっしゃい」
玄関に立つ雪兎さんは無愛想に返事をする。先程の不安げな顔でなく、いつもの雪兎さんの様子にほっとした。
学校に向かいながら、頭の中で雪兎さんの言葉を思い出す。
「……そうだな。お前は大丈夫だな。大丈夫」
あのとき雪兎さんは何を考えていたんだろう。
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