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正道も言いながら考えるように腕を組む。
「旗本の姫の輿入れとあれば、我ら下級役人の耳にもそれとなく入ってくるものなのだ。ましてやお奉行様ともなれば、しっかりとした報せが届くはず。それなのに此度は姫の素性もよく分からぬ、嫁ぎ先も伏せられている。しかし、縁組が決まった事だけは確かなようだとあって、お奉行様も不思議がっておられたのだ」
「それで厄介と……」
志乃の呟きに正道は深く頷く。
「あぁ……。お奉行様は、しばし待てば詳しい報せがあるだろうと申されたが」
「まさか、旦那様。千代は良くない家へ嫁がされるのではありませぬか?」
志乃が娘の身を案じ不安そうな声を上げる。正道は険しい顔をしながらもその問いには首を振った。
「いや、おそらくそれは大丈夫だろう」
その言葉に志乃はホッと息を吐く。
「ですがお父様。どうして大丈夫だと言い切れるのです? もしかしたら、わたくしは貧乏旗本と縁組させられるかもしれないではないですか?」
千代の言葉に、志乃は再び息を呑み正道を見る。しかし、正道はまたしても首を横に振った。
「それは考えられぬ。あの吉岡様だぞ? ご自分より下の者と縁付きになろうとはしないはずだ。それしか手立てがなかったのなら、あの方はきっと千代を手元に置くことを選ぶはず。だが、輿入れの話が出たと言うことは、吉岡家よりも格上である何処かとの縁組なのだろう」
そこまで言うと正道は一度言葉を切った。どうやらその先を言うべきか思い悩んでいるようだ。その様子に千代と志乃は首を傾げる。そんな二人に見つめられ、正道は観念したように口を開いた。
「私は、千代の輿入れ先は大名ではないかと思っている」
二人は思わず息を呑む。
「ま、さか……? わたくしなどが大名へ嫁ぐなど、そのようなことが……」
「まぁ、さすがに身分的に正妻と言うことはあるまいが……」
正道にもそれ以上の事は分からないのか、それから先は何も語ろうとはしなかった。千代と志乃は顔を見合わせる。
「わ……わたくしが大名家へ……?」
「千代、どうか落ち着いて。まだ、そうと決まった訳ではありませんよ」
志乃が娘をなだめるように言う。千代はその言葉に何度も小さく頷いた。いつもは勝ち気で、大胆不敵な行動をとる千代だが、やはりまだ年若い娘である。いくら自身が言い出したこととはいえ、殊の外話が大きくなってしまったことに困惑せずにはいられなかった。
その様子に、正道も志乃も心を痛めるのであった。
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『新人魔女は、のんびり森で暮らしたい! 』
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