魅惑の姫様

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 男は相変わらず下卑た笑みを貼り付けたままだ。男の目の奥で何か得体の知れない光がちらついたのを、太郎は見逃さなかった。 「姫様。この者は……」  男に聞こえないように、太郎は小さく耳打ちする。千代はそれに対し、静かに首を横に振った。千代も男の厭らしい視線に、何か良からぬものを感じているようだ。そのうえで、自身が対応すると暗に太郎へ伝えている。  太郎は小さく溜息を吐くと、この場を千代に任せるように一歩後ろへ下がった。千代は男の放つ異様な雰囲気に気圧されぬよう、グッと腹に力を入れて男に向き直る。そして静かに口を開いた。 「ええ。勿論です。わたくしが大切なお品物を駄目にしてしまったのなら、貴方の仰る通りわたくしが責任を取るのが筋というものです」 「ほぉ。随分と聞き分けがいいじゃないか。よし! 付いてこい!」  男は千代の答えに意外そうな顔をするが、すぐにニヤリと満足そうな笑みを浮かべ、千代を屋敷へ連れて行くべく、くるりと(きびす)を返して歩き出した。その背に向かって、千代は静かに言う。 「いいえ! わたくしは参りません!」  歩き出す男の背中に、千代は制止の声を上げる。 「はぁ? 行かないだと? 早速反抗するのか? うちの下女になると言っただろ」  男が振り返りざまに吠えた。男の言葉には、どこか有無を言わさぬような力強さがあった。しかし、千代も負けてはいない。彼女は男から目を逸らさずに毅然とした態度で返す。 「わたくしは下女になるなどとは申しておりません。わたくしに非があるならば責任を取ると言ったのです」 「はぁ? だから、責任をとってうちの下女になるんだろうが!」  男は少し苛立ったように、千代に詰め寄る。だが、千代は頑としてその場から動こうとせず、首を縦には振らない。  男は、そんな千代の態度に苛立ちを募らせ、怒りを滲ませながら彼女の手をがしりと取った。 「なんだ!? 責任を取ると言ったのはお前だろうが! いいから早くついて来い!」  その時、それまで千代の背後に控えていた太郎が容赦なく一歩距離を詰め、男の手を払い除けた。男は一瞬怯んだが、太郎に負けじと睨み返す。 「こ、この野郎! 南蛮人が! なにしやがる!?」  男が怒声を響かせた。太郎は一切表情を変えず、男を睨みつけて淡々と答える。 「姫様に危害を加える奴は、決して許さん」  その目には怒りと侮蔑の色がありありと浮かんでいる。太郎の睨みで男の勢いに翳りが見えた。 「じゃ、じゃあ、どうするんだ? ええ?」
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