青眼の姫様

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◇ ◆ ◇ ◆ ◇  時は十年程前に遡る。  一際大きな月がお江戸の町を照らしていた晩のこと。  与力の井上正道は、同じく町奉行所の同心である高山小十郎と共に夜回りをしていた。 「今夜はやけに冷えるなぁ」  正道は羽織っている半纏の前を手で押さえながら呟く。 「そうですねぇ。こう寒暖の差が激しいと、風邪をひきかねませんな」  高山の言葉に正道は苦笑いを浮かべて相槌を打つ。 「ああ、全くだ。とくに、お前の家は隙間風が酷いと言っていたな。風邪などひかれては困るぞ」  正道と高山は身分の差こそあれど、長年仕事を共にし、気心の知れる仲であった。年齢は正道の方が十ばかり上である。しかし、年齢の差を少しも感じさせない気安さで話す二人の姿は、年の離れた兄弟のようにも見えた。 「ははっ。ご心配痛み入ります。酒でも呑めば温かくなりましょう。くっと一杯引っ掛けて寝ちまえば問題ありませんよ」 「酒か。なら、俺が馳走してやろう。夜回りが終わったら、うちに寄れ」  正道は歩みを止めることなく、前を向いたまま言う。そんな正道に高山も歩幅を合わせるようにしてついていく。 「それは有難い。遠慮なく御相伴に預からせていただきましょう」  高山は職務後の一杯を想像してか、嬉しそうに綻ばせた顔を空へと向ける。 「それにしても、今夜は随分と月が明るいですね。月明かりが明るすぎて星が霞んで見えますよ……って、おや?」  そう言葉を切って立ち止まった高山につられるようにして足を止めた正道は首を傾げた。 「どうした?」 「いえ……一瞬、物凄く星が輝いたような気がしたんですが」  正道と高山は揃って足を止め、夜空を見上げる。その視線の先には一際明るく輝く月が浮かんでいた。 「何だ? 星など見えんぞ?」  正道は目を凝らしながら言うが、やはり彼の目には月の輝き以外何も映らない。 「おかしいですねぇ……確かに何か光ったと思ったんですが」  高山も首を捻る。しかし、すぐに気を取り直したのか、身震いを一つして再び歩き出した。正道もまたそんな高山に倣う形で歩みを進める。だが、数歩進んだところで再び高山の足が止まった。 「おい、どうした?」  正道は立ち止まって、高山の視線の先を追う。高山は空の一点を見つめている。 「小十郎……?」 「……井上様……また一瞬ですが、確かに星が輝きましたよ」 「何? それはどういう……」  意味だと尋ねようとした正道であったが、言葉に詰まる。  明るい夜空を裂くように二筋の流れ星が落ちたのだ。
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