格下の姫様

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 頼んだ団子のことなどすっかり忘れて、吉岡は茶屋を後にしようとする。付き従うように取り巻きたちもぞろぞろと店を出て行こうとした。  しかし、ふと思い出したように吉岡が振り返る。 「うっかり聞き忘れるところであった。その泉は何という名で、何処(いずこ)にあるのだ?」  問われた千代は、コテリと首を傾げる。 「さぁ? わたくしは存じ上げませんが。若様方はご存じないので?」  千代の問いかけに、取り巻きたちはぐっと言葉に詰まり、そわそわと明後日の方へ視線を泳がせる。そんな取り巻きたちの様子に、千代はそっとため息をついた。 「……そうですか。分からないのであれば、やはり諦めるほか……」  千代は言葉を濁し、チラリと吉岡を見やる。 「い、いや、待て! この江戸まで伝え聞こえるほどの泉だ。道中でもっと詳しい話が聞けるだろう。北方の山だったな。すぐに行ってくるから、お前は大人しく待っていろ」  そう言い残し、取り巻きを引き連れて去っていく吉岡の後ろ姿を、千代は酷く冷めた目で見送った。  一行の姿が見えなくなると、千代は大きなため息を零す。そして、その場にへなへなと座り込んだ。  太郎は慌てて駆け寄り、千代の体をそっと支える。太郎の胸に縋りつく千代の指先が小刻みに震えていた。太郎は黙って千代を抱きしめる。そうすることしか出来ない事がもどかしかったが、しかし、今の太郎にはそれくらいしか出来ることはなかった。  そんな二人のために、茶屋の老夫婦は温かい茶を煎れてくれた。  しばらくの後、千代がポツリと呟く。 「心配かけたわね」  その声に太郎は千代の顔を見たが、千代は太郎と視線を合わせることなく言葉を続けた。 「昨日言っていた縁談と言うのは、もしかしてあの方のこと?」 「……はい」  太郎の答えに、千代はまた大きなため息を零した。そして、今一度太郎の胸に頭を預けてため息をつくと、ようやく太郎から体を離した。 「おばば様がせっかくお茶を煎れてくれたことだし、頂きましょうか」  千代は少し離れた場所から心配そうに二人を見ていた老夫婦に笑いかける。その笑みに老夫婦は安堵の色を見せ、奥へと下がっていった。  二人だけになったところで、千代はまた大きなため息をついた。 「全く……近頃は何かしら。厄介な輩ばかりに絡まれている気がするわ」 「それは、姫様がお美しくなられたからかと」 「それは違うわ。あの人たちにとって……殿方にとって、所詮わたくしはただの道具なのよ」  千代が自嘲気味に笑う。
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