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「青眼の娘など、このお江戸では誰も傍に置いていないもの。他者に自慢したいだけよ。自慢する道具。わたくしはそれ以上でもそれ以下でもないわ」
「そんなことありません!」
太郎は思わず語気を強めた。千代が驚いた表情で太郎を見返す。太郎はそんな千代の視線を真正面から受け止めた。太郎の気迫に少したじろぎながらも、千代はゆっくりと首を振る。そして、そっと目を伏せた。
「本当にわたくしを欲しいと思ってくださる方なんて、一体この世にどれだけいるのかしら……」
寂しげに微笑む千代の儚さに太郎は言葉を失う。千代はお茶を一口飲んだ。器の中を見るともなしに見つめ、ポロリと言葉をこぼす。
「本当に、何故わたくしはこのような姿形に生まれついたのかしら……」
その嘆きに、太郎は思わず声を上げる。
「何を仰いますか! 姫様はこんなにもお美しいのに」
しかし、千代は再び頭を振る。その瞳はどこか遠くを見つめているようだった。
「太郎……わたくしはね、自分がこの世で一番醜い存在だと思っているわ」
「そんなことはありません!」
太郎は思わず立ち上がった。きっぱりと言い切る太郎に、千代は寂しそうに笑う。
「ふふ。ありがとう。でも、町の人たちの反応を見れば分かるでしょう? 青眼と言うだけで、誰もがわたくしを気味悪がる」
その言葉を否定したいが、寂しげに笑う千代に太郎は何も言えなかった。
「だから、わたくしは自分が美しいなんて思ったことは一度も無いのよ」
「姫様……」
千代にかける言葉を探す太郎に、千代は再び笑いかける。そして、少しおどけた調子で言った。
「まあでも、わたくしは全然平気。わたくしを疎ましく思わないお父様とお母様がいる。それに高山のおじ様と、太郎が傍に居てくれるもの。わたくしは今の生活で十分幸せなの。お母様は悲しむかもしれないけれど、わたくしは殿方に嫁ぐつもりなんてこれっぽっちもないわ!」
そう言って千代は笑う。太郎はそんな千代を黙って見つめると、決意を込めて口を開いた。
「姫様」
太郎の呼びかけに千代が小首を傾げる。その仕草は本人の認識とは裏腹に、とても愛らしいものだった。太郎は一呼吸の後、真っ直ぐに千代を見て告げる。
「私は何があろうと姫様のお傍におります。ご安心ください」
太郎の真っ直ぐな言葉に千代は思わず息を飲む。
「私は何があっても決して姫様のお傍を離れません!」
「太郎……」
力強く言い切る太郎の言葉に、千代の心がじんわりと温かくなった。
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