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千代は肩をすくめる。どうやら千代は旗本相手に大嘘をついた様だ。太郎は千代の度胸にポカンとするばかり。そんな太郎に構わず、千代は話を続ける。
「それに、もしも水と石を持って帰ってきたとしても、それが本物だとどうやって証明するのかしら?」
千代の言葉に太郎はやっと我に返る。
「確かに……」
「本物かどうか分からない以上、わたくしは受け取りを拒否するわ。つまり先方は約束の品を用意できず、婚約の話は取りやめよ」
千代は、さも可笑しそうに笑った。
「だから大丈夫よ! 貴方が心配することは何も無いわ!」
千代の言葉に太郎はふっと肩の力を抜いた。そして、小さくため息を吐く。
「……そうですか。そこまで考えてあのような事を仰られたのですね。承知いたしました。しかし、一応、本日の出来事は井上様のお耳に入れますからね。姫様の計画通り、何事も無かったで済まされれば良いのですが……」
太郎が心配そうにそう言うと、千代はうんざりといった様子で首を縦に振る。太郎の口を塞いだところで、どこからか父の耳には入ってしまうだろう。それによりいらぬ詮索や杞憂をさせてしまうことになる。それならば先に全て話してしまう方が面倒事に巻き込まれても対処がし易い。
こればかりは仕方ないと自身に言い聞かせ、千代はすっかり冷めてしまった茶を啜った。
二人が茶屋を出ると、いつの間にか陽は傾いていた。
「随分と遅くなってしまったわね」
そう言って千代は空を仰いだ。茜色をした空はいつもよりも色濃く見える、徐々に夜の色を滲ませているからだろうか。どこか薄気味悪さを覚えるその色合いに、千代は思わずぶるりと身震いした。
「変な空……早く帰りましょう」
千代は太郎を促し、帰路に着いた。
夕餉時、二人は昼間の出来事を親たちに話した。
「またそんな事をして。貴女はどうして大人しくしていられないの」
千代の母志乃は頬に手を当てて困った様子でため息をついた。
「やはり吉岡の……流石にいい噂を聞きませんからな。これで撃退出来たのであれば良いではありませぬか。今回は姫様のことを叱りまするな、奥方様」
太郎の養父、高山小十郎はどこか可笑しそうに千代を見やる。当の千代も誇らしげだ。
「しかし姫様。良くもまぁ、都合よく口からデマカセがすらすらと出ましたなぁ」
「もう。小十郎さん。千代を甘やかさないでくださいませ」
そんないつもと変わらぬ夕餉の雰囲気の中、井上正道と太郎だけが終始険しい顔をしていた。
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