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興奮のあまり唾を飛ばしながら喚き散らす吉岡に、正道は顔を青くした。
「いやしかし……。何かの間違いでは? 御子息はもう間もなくお元気なお姿でお還りになられるやも」
話を穏便に収めようとする正道に、吉岡は怒り心頭に発する。
「黙れっ! 跡取りを使い物にならない身体にしおって。お前の娘にも同じ痛みを味わわせてやる! さっさと娘を出せ!」
吉岡は机を両手で叩くと、手近にあった茶器を正道に向かって投げつけた。茶器が正道の額にゴンと当たる。しかし、正道は眉一つ動かさず、それどころか微動だにしない。吉岡の怒りを一身に引き受けようと、じっと耐えている。その態度が益々吉岡を逆上させた。顔を真っ赤にして再び机を叩く。
「早く連れてこいっ!」
そんな二人のやり取りの様子を覗いていた千代は思わず客間に飛び込んだ。
「千代はここにおります」
突然現れた千代に一瞬面食らった吉岡だったが、すぐに我に返ると再び机をバンッと叩いて吠えた。
「お前が井上の娘かっ! よくもぬけぬけと顔を出せたものだな。倅を使い物にならない様にしおって!」
同席していた志乃が慌てて千代の袖を引き座らせ、娘を庇うように前に出た。
「お怒りはごもっともにございますが、先ずは若様のご様子を確認されて……」
しかし、吉岡はそんな志乃を怒鳴りつける。
「女は黙っていろ!」
あまりの気迫に志乃は思わず口を閉ざす。その様子を見た吉岡はフンッと鼻を鳴らすと、正道に向かって指を指した。
「いいか、よく聞け? 倅は命こそあれど、腰から下は動かんようになったらしい。これが何を意味するか分かるか? これから先、倅は吉岡の跡取りとして役に立たんということだ! そこの浅はかな南蛮人の女のせいでな!」
「なんと……」
正道は呆然とする。武家にとって跡取りの不在は由々しき事である。故に、吉岡がここまで怒り狂うのも無理からぬ事だった。吉岡の目には怒りと憎しみの炎が揺らめく。そして、その奥には幾ばくかの好色めいた色もチラチラと見え隠れする。
千代は、そんな吉岡の目に嫌悪を感じ思わず顔を背けた。しかし、それが良くなかった。吉岡は千代の様子から何かを思いついたのか、その顔をニヤリと醜く歪ませる。吉岡がペロリと舌舐めずりをした。
「そうだな。倅と同じ痛みを与えるだけでは気が済まぬ! 貴様には一生涯倅の世話をしてもらおう。寝たきりの下の世話など、好き好んでする奴はなかなかおらんからな。南蛮人にはさぞ似合いの仕事だ」
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