格下の姫様

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 その言葉に正道はカッと目を見開き、吉岡を睨みつけた。流石に看過できず、反論しようと口を開きかける。しかし、千代は正道が何かを言い出す前にその腕を掴んで小さく首を振った。そして、父を庇うように前に出ると凛とした声で告げる。 「吉岡様。若様がお怪我をされたことにつきましては、誠に遺憾にございます。若様が一日でも早くお元気になられるよう、わたくしも微力ながら御仏に祈りを捧げたいと存じます」  理不尽に罵られたというのに、少しも取り乱すことなく淡々と告げる千代の様子に、正道は正直驚きを隠せなかった。それと同時に、何故庇ったのかと怒りの感情も湧き上がる。父として、また武家として、娘が辱めを受けることなど到底許せることではない。しかし、真っ直ぐに吉岡に対峙する娘の顔を見れば、正道はその感情を必死に押し殺し、ただ黙って成り行きを見守る他無かった。  千代の殊勝な態度に吉岡は幾らか溜飲が下がったのか、ますます調子に乗り、嘲りの笑いを浮かべる。しかし、千代はそんな事など全く気にする素振りも見せずに言葉を続けた。 「もとよりわたくしは、若様がお戻りになられましたら、若様の元へ嫁ぐお約束をしておりました」  そう言うと千代は恭しく頭を垂れた。正道と志乃は娘の突然の行動に目を見張る。  千代の言葉に気を良くした吉岡は下卑た表情を隠すこともなく、ニヤニヤと笑いながら千代の全身を舐め回すように見る。千代も吉岡を真っ直ぐに見据えた。その顔には薄っすら笑みすら浮かべている。  それを隣で見ていた正道は思わず息を飲んだ。笑っているはずの千代の瞳に一切の感情も浮かんでいなかったからだ。それはまさに人形のような表情だった。まるで別人のようだと正道は思った。いつも明るく朗らかで、コロコロと笑う娘の姿からは想像も出来ないほどに冷たい表情。千代がこのような表情をするなど正道には到底思えなかった。その微笑みはどこか不気味で、正道は背筋に何か冷たいものが走るのを感じた。  しかし、千代のそんな表情にも気がつかないほどに、邪な思いに目を曇らせてしまっている吉岡は、益々調子付く。 「ふむ。大人しく我が家へ来ると言うことか? 思ったよりも殊勝な奴だ。よし! 倅が戻ってくるまでわしがお前の面倒をみてやる。ありがたく思え」  そう言うと、吉岡は下卑た笑いを浮かべたまま顎をクイッと動かして正道たちに指示する。 「何をしておる? 娘は貰っていく。さっさと支度をせい!」
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