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「力になるだと?」
千代の言葉に吉岡は怪訝な表情を見せる。いつの間にかその場の主導権は千代が握っていた。千代は、それはそれは嬉しそうにニッコリと笑うと大きく頷く。
「ええ。吉岡様は若様のお怪我のせいでお家が途絶えてしまうかもしれないと危惧されているのでしょう? わたくし、お家を救う術を思いつきましたの。この方法ならお家を救うどころか、今よりも高い地位に吉岡様はお就きになることが出来ましょう」
家を救う術と聞いて、吉岡が身を乗り出す。千代はその様子を嬉しそうに見る。そして、一呼吸置くと口を開いた。
「わたくしを養女とするのです」
「なんだと?」
「そして、より権力のある方とご縁を結んでくださいまし。そうすれば、お家は安泰。吉岡様の地位も盤石なものとなるでしょう。跡取りの件はそうお急ぎにならずとも。後ほど再度考えても遅くはないのではありませんか? 吉岡様はまだまだお若いようですし。まずは、わたくしを貴方様の出世の駒としてお使いくださいませ」
「ちょっと待て、そんな勝手な話は!」
流石に正道が待ったをかけると、ようやく千代が正道の方を向いた。その目はいつも通りの優しい光を湛えている。千代は真っ直ぐに正道を見る。そして志乃へと目を向けると深々と頭を下げた。正道と志乃はそんな千代の姿に言葉を失う。
千代はゆっくりと頭を上げると、柔らかく微笑んで見せた。その微笑みは先程までの人形のような冷たい物ではなく、いつもと変わらない温かなものだった。それを見た正道の目からは突如涙がこぼれ落ちた。
二人に向かって千代は静かに告げる。
「お父様、お母様。心配なさらないで」
正道にはそれが別れの言葉に聞こえた。
千代が嫁ぐ日はそう遠くない未来に訪れるだろうとは思っていた。しかし、それは今ではない。まだこの娘は自分たちの側にいるべきだ、そう思うと涙が溢れて止まらなくなった。
一方、吉岡はといえば、思わぬ好機に鼻息荒く興奮していた。
「今よりも良い地位か」
吉岡は立ち上がると、まるで自分の家であるかのように室内をうろうろと歩き回り出した。おそらく頭の中ではあれやこれやと、千代を出世の道具にするための算段を立てているのだろう。
「千代。もう少し詳しく話を聞こうではないか」
まるで自分の娘であるかのように、馴れ馴れしく千代に話しかける吉岡に対して、正道も志乃も何も言えないまま唖然としていた。しかし、当の千代はいつも通りの笑顔を崩さずに頷く。
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