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「姫様。私は大丈夫でございます。それよりも……」
太郎はそう言うと、チラリと後方へ視線を送る。千代が太郎の視線を追うと、敷居の向こうには太郎と同じくらいずぶ濡れの人が立っていた。
「まぁ!」
千代は慌ててその人に駆け寄る。
「一体どうなされたのですか? そのようなお姿では風邪を召されてしまいますよ。どうぞ、中にお入りくださいませ」
千代はその人を屋敷の中に招き入れた。そして、手拭いを取りに向かった志乃から手拭いを受け取り、その濡れそぼった肩にそっとかける。雨に濡れすぎたせいだろうか。その肩は小さく震えていた。
「今、お湯を沸かしているので少々お待ち下さいませ」
戻って来たばかりの志乃は、誰とも知れぬその濡れ鼠に声をかけ、乾いた手ぬぐいが足りなさそうだと再度奥へ駆けて行く。
千代は乾いた手ぬぐいをもう一枚濡れ鼠の頭にふわりと掛ける。そうすることで意図的に視線を遮ると、その隙に太郎に耳打ちをした。
「ねぇ。それで太郎。あの方は一体どなたなの?」
「いえ、それが……私も知らないのです。ただ、お屋敷の前でうずくまっておられたので……。こちらの御客人かと」
二人がこそこそと話をしていると、突然ドサリと大きな物音がした。
驚いて音のした方を見ると、そこに居た濡れ鼠が青い顔をして土間に倒れていた。千代は慌てて駆け寄る。濡れ鼠は気を失っているようでピクリとも動かない。
「大変! お母様、急いで来てくださいませ」
千代は濡れ鼠の傍らに膝をつくと、すぐに奥に向かって声を張り上げる。すると、奥から慌てた様子で駆けて来る志乃の姿が見えた。
「どうしたのです!?」
「それがっ! この方突然倒れてしまわれて……」
千代が濡れ鼠を抱き上げると、その身体は冷え切っていた。唇を紫色にしてガタガタと震える姿はどこからどう見ても病人だ。随分と濡れているのだからそれも当然だろう。
「千代、すぐに床の用意を」
「はい!」
志乃の指示に千代は急いで客間へ向かう。
「太郎は、この方を運んで。その後で風呂へ。貴方もそのままでは風邪をひいてしまいます。しっかりと体を温めなさい」
「承知いたしました」
意識がない人を運ぶのは相応に骨が折れる。しかし、太郎は全く苦にならないのか濡れ鼠の体を軽々と抱き上げた。そして、少し首を傾げる。いくら太郎が日々剣術で体を鍛えているからとはいえ、腕の中のその人はあまりにも軽すぎた。
「太郎。早く床へ」
志乃に急かされて、太郎は客間へと急ぐ。
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